人事部の限界 ~人を動かすのは制度より空気である(【連載26】新しい「日本的人事論」)

画像: TANAKA Juuyoh (田中十洋)

2019.04.20

組織・人材

人事部の限界 ~人を動かすのは制度より空気である(【連載26】新しい「日本的人事論」)

川口 雅裕
NPO法人・老いの工学研究所 理事長

組織・人事に関わる全ての施策は、日本人の特性や自社の独自性への洞察なしには機能しない。それは、OSが違えば、アプリが動作しないのと同じである。欧米の真似でもない、うまくいっている会社の真似でもない、日本企業において本当に機能する組織・人事の考え方や施策について思索・指南する連載。

伝統的な日本のオフィスは、ABWとは発想が異なる。言うならば、「組織ベース型ワークプレイス」だろうか。部や課で「島型」を作り、組織長が皆を見渡せるところに座る。オープンスペースは少なく、ほかには会議室くらいしかない。昔のように、部署間に仕切りや壁があるような会社は減ったが、それでも他部署に入るときにはそうっと静かに入らければならないような見えない壁は、感じている人が多いだろう。深く思考したり集中して資料を作ったりしたいときも、デスクでやらねばならないから、電話や人の話し声が気になるし、話しかけられることも少なくない。他の人が仕事をしている邪魔になるから、ひそひそ声で業務連絡をしないといけないこともある。ちょっと集まって会話をする場所もないから、わざわざ会議室をとらなければならない。眠かったり、調子が出なかったりするときに息を抜くのも、デスクでパソコンに向かいながら行う。机や椅子や什器や家具などは、画一的で同じものが並び、オフィス全体に変化や面白みがない。

そこにある各々の意識は、属している組織への配慮であり、他部署への遠慮であり、縮こまったセクショナリズムであり、自由で闊達な空気とは程遠いものである。このような空気を何とか変えようと、人事部は人事的なアプローチで色々と試みるが、おのずと結果は見えている。制度だけでは、人は動かせないのである。

ダニエル・キムに「関係の質」理論というものがある。(成果を高めるには「行動の質」の変化が重要であり、「行動の質」を高めるには「思考の質」の向上が欠かせない。「思考の質」を高めるには、職場の人たちの「関係の質」に着目しなければならない。成果を出すには「関係の質」から出発せよ、という理論。)この、関係の質においても、オフィスは重要な要素である。もちろんこれまで、日本の企業でも、懇親会や運動会や社員旅行などの機会を作って、従業員同士の関係を良くしていこうという努力は行われてきたし、近年はこれらのイベントに注力する会社が増えているとも聞く。しかしそれらは、しんどさや辛さを忘れてハシャイでください、お疲れ様といった“慰安”の意味合いが濃い。悪くはないのだが、職場で仕事をしたり、対話や交流をしている中で関係の質が向上していくのに越したことはない。

従業員が活き活きと働き、全体として成果が上がっていく状態を作るには、どうすればよいか。昔ながらの、ニンジンをぶら下げて頑張らせるという手法に限界があるのは、多くの経営者・人事部が感じているだろう。だからこそ、様々な制度・ルールを作ったり、変えたりしてきたわけだが、それでもなかなか効果が出ない。それは、人事部の限界である。人は、特に日本人は空気で動く。では、どのようにして職場に良質な空気を作るか。その答のヒントはABWにあるのではないか。「組織ベース型ワークプレイス」をABW的な環境に変化させれば、そこから発せられるメッセージは働く人の意識や職場にある空気を大きく変えるかもしれない。これをきっかけにして、組織の活性化と成果の向上を目指す。制度やルールといった人事的アプローチから、オフィス改革のような物理的アプローチへの転換を図ること。人事を専門とする者として悔しくはあるが、十分に考慮に値する発想であると思っている。

【つづく】

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川口 雅裕

NPO法人・老いの工学研究所 理事長

「高齢社会、高齢期のライフスタイル」と「組織人事関連(組織開発・人材育成・人事マネジメント・働き方改革など」)をテーマとした講演を行っています。

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