制度改定が、いつも失敗に終わってしまう理由(【連載25】新しい「日本的人事論」)

画像: Haruhiko Okumura

2019.03.28

組織・人材

制度改定が、いつも失敗に終わってしまう理由(【連載25】新しい「日本的人事論」)

川口 雅裕
NPO法人・老いの工学研究所 理事長

組織・人事に関わる全ての施策は、日本人の特性や自社の独自性への洞察なしには機能しない。それは、OSが違えば、アプリが動作しないのと同じである。欧米の真似でもない、うまくいっている会社の真似でもない、日本企業において本当に機能する組織・人事の考え方や施策について思索・指南する連載。

定期昇給には、「従業員は、この会社で長く働くことを考えている。定期的に少しづつ給与が増えていけば目標を持って働いてもらえるし、長く勤続する意味も感じてもらえる」という発想がある。年功序列・終身雇用の思想そのものである。もっとも、昇給を実施する根拠は、その期間における能力の向上ということになっているが、それは建前に過ぎない。何歳になっても、誰であってもどの期間においても必ず能力が向上するということは有りえないからだ。人材の流動化が進んでいる現代では、最初から転職を含めたキャリア形成を想定している人もいるだろうし、入手できる情報も増えたので、「半年前より数千円上がった」という事実より、「同じような仕事をしている人たちの世間的な給与水準は、どれくらいか」という事実のほうが重要だったりもするはずだ。定期昇給という仕組みが普及した当時と今では、まったく環境が違うのに、いまだに「評価点で1点の差を、昇給額のいくらの差に換算するか」といった些末な制度改定を検討しているようでは、まったく問題の解決にはつながらない。

人材育成では、「若者は未熟で戦力としては大したことがなく、年数を重ねるごとに成長して、強い戦力になっていく」という考え方がある。実際、たいていの会社の研修体系は(無意識に)そうなっているし、仕事の任せ方や裁量も多くの現場で「年齢」や「経験」を理由に決められている。その結果、能力のある若者がその力を持て余し、持て余すだけならまだマシで、手を抜くクセやサボリ癖がついたり、あげくに「自分はまだ若いから能力が足りない」と思い込んでしまったりしてしまう。経験が豊富というだけで上長を任された年配者が、自分よりも能力が高く、伸びしろも大きい若手を指導して駄目にしてしまうケースも少なくないだろう。また、「放っておいたら、従業員は何も勉強しない」という思い込みも根強い。人事が従業員を上から目線で、レベルが低いと決めつけているように見える。これらの結果、年数や階層に連動した、画一的で、「教えるだけで考えさせない」研修が繰り返される。

就業ルールについても、「皆で一緒に来て一緒に変えるのが平等で、職場の士気も保たれる。個人の勝手な都合や振る舞いを許していては不公平感が高まり、一体感が失われる」というような思想がある。朝来たらラジオ体操で始まり、夕方は皆の仕事が終わるまで待って、時どきは飲みにも行くといった昔の職場で支配的だった考え方だ。このような考え方が、出産・育児・介護などで休業するのをはばかられる雰囲気を作り、早く帰れない、有給休暇が取りにくい空気、フレックスタイム、テレワークなどの自由な働き化の導入に反対する人たちの根拠にもなっている。働き方に関わる様々な制度を導入しても、導入しただけで上手に運用されることはないのは、同じような人たちが同じように働き、それぞれの私的な状況は我慢するという、同質性の維持を価値とするようなパラダイムを排除あるいは転換できていないからである。

制度改定は、現状の制度ができた当時のパラダイムはどのようなものだったのか、を振り返る必要がある、そして、そのパラダイムが環境変化に耐えうるものなのかどうかを検討し、もはや通用しないのであれば、新たなパラダイムを言語化しなければならない。その上で制度設計を進めなければ、社内的合意も得られないだろうし、実効性の伴わない仕組みに終わってしまうだろう。

【つづく】

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川口 雅裕

NPO法人・老いの工学研究所 理事長

「高齢社会、高齢期のライフスタイル」と「組織人事関連(組織開発・人材育成・人事マネジメント・働き方改革など」)をテーマとした講演を行っています。

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