「私生活でも美しくしなさい」元フェアリージャパン畠山愛理がロシアで学んだ“お国柄”

2018.09.26

経営・マネジメント

「私生活でも美しくしなさい」元フェアリージャパン畠山愛理がロシアで学んだ“お国柄”

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文化放送The News Masters TOKYO「マスターズインタビュー」。 今回のインタビューのお相手は、新体操日本代表フェアリージャパンのメンバーとしてロンドンとリオデジャネイロ、2大会連続でオリンピックに出場した畠山愛理さん。 またモデルとしても活躍し、ミス日本コンテストで特別賞を受賞するなど"美しすぎる新体操選手"と言われた畠山愛理さんにタケ小山がメロメロになって迫った。

妖精はいかにして誕生したのか

身長170センチ、すらりと長い手足に小顔という抜群のプロポーション。一瞬にして魅了されてしまう笑顔。

現役時代に「美しすぎる新体操選手」と言われた元フェアリージャパンの畠山愛理さん。妖精はいかにして誕生したのか。

新体操を始めたのは小学校1年生、6歳の時。

「母がいろいろなスポーツを体験させてくれたんです」

水泳、バスケットボール、バレーボール、クラシックバレエなどを体験して、その中から選んだのが新体操だった。

「リボンを思いのままに操ったり、曲に合わせて踊ったりするのが楽しくて、新体操をやりたーい!って」

子どもが夢中になれるものを見つけるための環境づくりがあったからこそフェアリージャパンの畠山愛理さんが誕生したのだろう。

「小さい頃は、友達がやっているから一緒に習おうという感覚ではじめることが多いけれど、早いうちに自分がやりたい競技に出会うことができたのは母のおかげ。感謝しています」

生活のほとんどが新体操中心だった小学生時代。図工や家庭科で作るものまで新体操と関係があるものばかりだったそうだ。

中学に入ると当然のように選手としても大器の片鱗をみせはじめていた。しかし中学2年の時に腰を怪我してしまい関東大会を途中棄権することになってしまった。

「それからは後輩たちにも抜かれてしまい、コーチともコミュニケーションがとれなくなってしまったんです。大好きだった新体操の練習に通うのも嫌になるくらいでした」

中学3年生の1年間はほぼ自主練習のようなものだったと言う。スポーツ選手にとって怖いのは、怪我や故障で満足のいくパフォーマンスが出来なくなることだ。

「当時は授業中に涙がでちゃうくらい辛かった。もうやめたい。悔しい」

新体操に背を向けることで、この苦しさから逃れると思い込んでいた時期だった。

そんな暗闇から引っ張り出してくれたのが保健の先生のひと言「あんなに好きだった新体操を、こんな気持ちのままでやめちゃってもいいの?」。

家に帰って小学校の卒業アルバムを開いた。そこには新体操が大好きだという自分がいた。文集ではオリンピックに絶対に出ると宣言していた。

「あー私はオリンピックに出ることが夢だったんだよなぁ。新体操がとっても好きだったんだ」と思い出させてくれたのだ。

「こんな気持ちのままでやめちゃダメだ」と日本代表であるフェアリージャパンのオーディションを受けようと決心した。

「もし受かったら何がなんでもオリンピックの舞台に立ってやる!たとえ落ちたとしても、これできっぱりやめることができるとオーディションに臨んだんです」

迷うことなく覚悟を決めて臨んだからこそ合格することができたのだろう。中学3年生で新体操日本ナショナル選抜団体チーム入りを果たした。

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