たった一行の「G-SHOCK企画書」“世界最強”はこうして生まれた

2017.12.11

経営・マネジメント

たった一行の「G-SHOCK企画書」“世界最強”はこうして生まれた

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G-SHOCK。 言わずと知れた『カシオ計算機』のヒット商品“壊れない時計”だ。その世界累計出荷数は1億本を誇る。 精密機械の技術が凝縮さたれ繊細な腕時計は1980年頃、“より薄く”を競い合っていた。そんな中、“壊れない時計を作りたい”という、当時の常識では考えられない非常識な発想からG-SHOCKの伝説は始まった。 落としても壊れない腕時計G-SHOCKの生みの親・伊部菊雄さんに、文化放送『The News Masters TOKYO』のパーソナリティー・タケ小山が聞いた。 愛され続けて来年は35周年。ブームを巻き起こした90年代から時を経て、再び注目を集めているG-SHOCK。35年目の伝説に迫る。

試行錯誤を続け、5段階吸収構造のケースを考案した。これにより腕時計としてのサイズまでもっていくことができた。しかし、伊部さんがこだわり続けた10mの高さから落としても壊れない時計の完成まであと1歩届いていない。実験の度に必ず一か所どこかが壊れてしまうのだ。不思議なことにそこを修正するとまた別の個所が壊れる。

開発に充てられた2年が近づいてきた。

「もうダメだと思った時、自分が納得してあきらめるにはどうしたらいいかと考えたとき、1週間と期限を決めて、その1週間とにかく全ての時間を費やして考えてみようと思いました」

その1週間の最後の日、会社を辞めることを覚悟した伊部さんは、公園のベンチに腰掛けてプロジェクトの幕引きを考えていた。その時、アイデアの神様が降臨した。

「ボールで遊んでいた子どもをぼーっと眺めていたら、ボールの中に時計が浮いている絵が頭の中に浮かんだのです」

腕時計の心臓部であるモジュールをゴムパッキンの点で支えることで、ケース内で浮遊させる中空構造の発想が生まれた瞬間だ。

G-SHOCK ヒットの裏舞台

2年間の試行錯誤の末に完成させた初代G-SHOCK DW-5000C-1Aは、1983年に発売された。

「デザインはタフさを強調するため、あえてボリューム感を意識し、タイヤのようなイメージを醸し出しました」

コンセプトもデザインも、当時としてはセンセーショナルな腕時計だったG-SHOCKだが、日本ではほとんど売れなかったそうだ。意外にも伊部さんは「売れるとは思っていませんでした。大きな時代の変化がないと認めてもらえないと認識していたんです」 。ところが、アメリカで人気に火がついた。それはG-SHOCKをアイスホッケーのパック代わりにスティックで打つという乱暴とも言えるテレビコマーシャルの影響だった。

「実はそんなコマーシャルをするなんて私は知らなかったんですよ。事前に知っていたら絶対にNGを出していましたから」

誇大広告ではないかと疑われたアイスホッケーのコマーシャルで、G-SHOCKは全米での知名度がアップした。そして話題と人気を決定づけたのが、“誇大広告を検証する”内容の、アメリカの人気バラエティ番組だった。コマーシャルと同じようにアイスホッケーのパック代わりにハードヒットしても壊れなかったG-SHOCK。“最もタフな時計”、“世界最強の時計”と話題になり、消防士や警察官など外で働く人たちに支持された。そして、その斬新なデザインがアメリカ西海岸のスケートボーダーの間でファッションアイテムとして人気となった。

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