仕事のなかに「祈り」はあるか

2011.11.24

仕事術

仕事のなかに「祈り」はあるか

村山 昇
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

「ゲームとしての仕事」が幅をきかせるビジネス社会にあって、「道としての仕事」に邁進できる人は幸福である。そこには自分を十全にひらきたいという祈りが必然的に起こってくる。

  「自己実現の達成は、逆説的に、自己や自己認識、利己主義の超越を一層可能にする。(中略)つまり、自分よりも一段大きい全体の一部として、自己を没入することを容易にするのである」。
           ―――アブラハム・マスロー『完全なる人間』(誠信書房)

 彼は、自己実現、つまり、最善の自己になりゆく先には、自己を超越した感覚、大きな摂理につながる境地があると言っている。自己実現とは、悟りのような宗教的体験のなかで行われるのだ。したがって、彼は自己実現をする人は愛他的で、献身的で、社会的となり、物事を統合的に包容できると言及している。

 このことを2人の芸術家の言葉で補ってみたい。

  「実用的な品物に美しさが見られるのは、背後にかかる法則が働いているためであります。これを他力の美しさと呼んでもよいでありましょう。他力というのは人間を超えた力を指すのであります。自然だとか伝統だとか理法だとか呼ぶものは、凡(すべ)てかかる大きな他力であります。
  かかることへの従順さこそは、かえって美を生む大きな原因となるのであります。なぜなら他力に任せきる時、新たな自由の中に入るからであります。
これに反し人間の自由を言い張る時、多くの場合新たな不自由を嘗(な)めるでありましょう。自力に立つ美術品で本当によい作品が少ないのはこの理由によるためであります」。
              ───柳宗悦『手仕事の日本』(岩波書店)

  「少年時代から、自然を観察していることが多かった私は、この世のすべてを生成と衰退の輪を描いて、永劫に廻ってゆくものとして捉えていた。その力の目的や意義については何もわからないが、静止でなく、動きであるために、根源的な力の存在を信じないではいられなかった。
  一切の現象を、その力の発現と見る考えは、青年時代を通じて変らなかったようだ。そのことが、あの失意と悲惨のどん底の時にも、私を挫折させなかった原因の一つであろう。
  (中略)
  私は、いま、波の音を聴いている。それは永劫の響きといってよいものである。波を動かしているものは何であろうか。私もまた、その力によって動かされているものに過ぎない。その力を何と呼ぶべきか私にはわからないが───」。
                  ───東山魁夷『風景との対話』(新潮社)

 こうした言葉を「シューキョー臭い」「年寄り臭い」と思う人がいるかもしれない。特に血気盛んな20代、30代は、「何が他力だ。俺は自力でいく!」とか、「“生かされる自分”って何か気持ち悪い。自分には自分の意思がある!」、「摂理? 摂理のために自分は働いているんじゃない」、といったふうになるかもしれない。私がまさにそうだった。
 そう突っ張る人は、突っ張るほどの元気があって大いにけっこうである。その元気さで、「MYプロジェクトX」なる仕事に没頭するといい。それが結局、柳や東山の言葉に到達する近道になる。

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村山 昇

キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。

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