「働くことを切り拓く力」の脆弱化を考える 〈下〉

2011.01.11

組織・人材

「働くことを切り拓く力」の脆弱化を考える 〈下〉

村山 昇
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

「働くことを切り拓く力」について、キャリア形成の5つの要素「CROSS-ing」モデルを用いて説明する。

 職業の種類をいろいろ見せて、「さぁ、興味あるものを見つけなさい」というだけでは不十分である。また、診断ツールか何かで「あなたに向いているのはデザイナーです」とか、ポンと答えを与えるのは、有害である。この即便性こそ、子供の考える作業を省き、統合から遠ざけ、拓く力を弱めている。
 しかし現実は、人びとの受けがいいので、事業者はこういう即便なサービスを巧みに商業化する。そして、ますます人びとはそれに乗っかってくる―――問題解決は簡単ではない。

 以上説明してきたように、私自身は、キャリアを形成する要素としてこの5つ「CROSS」をあげる。なお、「CROSS-ing」モデルと「ing」を付けてあるのは、5つの要素の交差点でキャリアは形成されていくわけだが、それは刻々に変化していく、絶え間ない努力による“進行形の所産”であることを表したかったからだ。

◆日常のすぐそこにある誰しものキャリア教育
 「働くことを切り拓く力」が弱いとは、つまり、「CROSS-ing」が“やせて”いるということだ。下図は、前記事で紹介したネット通販会社を志望する大学生T君の例を示したものである。

 図を見てわかるとおり、すべての形成要素が“か細い”。シューカツテクニックをにわか仕込みでやったとしても多少の見た目は改善されるかもしれないが、肝腎な部分は強くならないだろう。切り拓くという精神の習慣ができていないからである。働き様・生き様といったファジー(あいまいで形式化されないもの)なものをファジーなまま受け取り、咀嚼し、感動し、具体的な自分の行動に変換することを奨励されてこなかったからである。
 では、「CROSS-ing」を“豊かに強く”とはどんな状態か。その一例を下に示した。

 こうしたたくましい「CROSS-ing」ができる精神の習慣をつくることこそ、キャリア教育の役割である。そしてそれは、キャリア教育者だけがやればよいということではなく、親がやり、先生がやり、上司がやり、経営者がやり、メディアがやり、社会がやらなくてはならない。
 働くことって面白いなと嬉々と語ること、仕事を通して夢に向かう真剣な目を見せること、未知の世界に挑戦する人を讃えること、成功・失敗という結果でなく、努力のプロセスに関心を寄せること、改めて野口英世の自伝を読んでみること、そして彼の生き方について対話すること、自分はなぜこの職業を選び、続けるのかを言葉にし、発すること、―――そうしたことが世の中のそこかしこに満ちていくことが、何よりのキャリア教育になるのだ。

 私たちは、お勉強のできる子、業務をうまく処理できる社員をつくることには躍起だが、「働くことを切り拓ける」人間を育むことはおろそかなままである。しかし中長期にみて、個人に、家庭に、組織に、社会に重い影響を与えてくるのは、「働くことを切り拓く力」のほうである。それを大人たちはきちんと意識しなくてはならない。

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村山 昇

キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。

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