「能動・主体の人」 vs 「受動・反応の人」

2010.10.05

仕事術

「能動・主体の人」 vs 「受動・反応の人」

村山 昇
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

「自分が変われば、環境が変わる」「環境が変わんなきゃ、自分は変われない」―――この2つはどちらも真実だ。前者に強く意識を置くのは「能動・主体の人」である。一方、後者を強く感じる人は「受動・反応の人」である。

 環境(家族、会社・組織、地域、国、国際社会)はどのみち変化していく。そのとき、1人1人が「能動・主体の人」となり環境に働きかけをしていくなら、環境は楽観と意志の方向に動いていく。決して一筋縄ではないが。逆に、1人1人が「受動・反応の人」となり環境を傍観・放置すれば、環境は悲観と感情の方向に漂流を始める。その結果は歴史の教えるところである。

◆中国からのメールマガジン
 ちょうどいま、日中関係がぎくしゃくしている。国家間の関係づくりもまた、一個人の想いや力は微細なものだと思える類のものだ。今回の尖閣諸島での出来事で私が残念に思うのは、両国ともマスメディアから流れる自国側のニュースによって「やっぱり中国人は~」、「やっぱり日本人っていうのは~」というステレオタイプを貼りつけて、相互に不信と嫌悪を募らせている点である。
 そんな折、現在、中国に長期滞在しているビジネスコンサルタントの知人からメールマガジンを受け取った。その冒頭の一部を紹介させていただく。

=Tさんからのメールマガジン文(抜粋)=
 「日中関係に緊張感がはしっている中、相変わらず中国に滞在しています。テレビのニュースを見ると、中国の数々の圧力で両国の関係の悪化が報じられています。家族や友人が心配してメールをくれたりします。かくいう私も今回こうして長期で滞在する前は、こうした国際的な摩擦があると、「ああ、中国だからね」と思っていました。しかし、実際に接している中国人の方々はいたって親切なんですよね。世話になっているサービスアパートメントの不動産屋さんは全くの業務外のことでも困っていると助けてくれます。タクシーの運転手さんは言葉が通じなくても一生懸命話しかけてきて、私の下手くそな中国語の発音を笑いながら直してくれたりします。
 一人ひとりの関係と、国益をめぐる国際関係は別物だと認識しました。国益をめぐる関係と個人の人間関係は全く異なるものなので当たり前とは思いますが、一人ひとりの集合体が組織(この場合は国家)であるはずなのに、組織は個人とは異なる顔を見せるようです。
 そんな国同士の諍いをしり目に、今日も中国人のメンバーと仕事をします。時には議論しあい、時には冗談を飛ばしあいながら。両国がもめているこんな時期だからこそ、それはちょっぴり感動的で誇りに思える光景です」―――。

 ……この文章は、にわかにざわついていた私の心を穏やかにしてくれた。このメールマガジンは1万4000人ほどに配信されているというから、その中にも少なからず詰まった息をほっと吐けた人もいるのではないだろうか。
 私個人もこの内容はよく理解できる。米国留学時代や国内大学院時代に何人もの中国人学生と知り合ったが、中国人といってもやはり千差万別の性格や考え方をもった人間たちなのである。彼らの中には、繊細な人もいれば、金儲け欲より社会貢献欲のほうが強い人もいる。尊敬できる人もいるし、歴史観を中立に持っている人もいる。逆に、日本人でも粗暴な人はたくさんいるし、守銭奴のような人間も多く見かける。尊敬できない輩もいるし、偏った歴史観で物事を決めつける人間もいる。
 私たちはついつい物事を単純化したレッテルを貼ってとらえてしまいがちになる。マスメディアから流れてくる報道(特に映像)はその恰好の材料となる。十把一絡げでばっさりと裁断したほうが思考がラクだからだ。しかし、それは「受動・反応の人」の行動である。悲観と感情が私たちを縛りはじめる。そうなって得することは両国民と国家にとって、一切ない。
 だから、こういうときこそ1人1人が「能動・主体の人」になることが求められる。Tさんのように中国の人びとと直接的に交流できなくとも、私たちは人間主義に立って、「だから中国人は~だ」とか「やっぱり中国は~だ」といったばっさりとした思考を止め、日中の友好はかなう、なぜならお互い人間同士だからだと思うこと―――ここから1人1人の能動・主体がはじまる。そういう楽観(能天気ということではない)と意志が底辺に満ちてこそ政治や外交は建設的な成果を得られる。
 中国に限らず、韓国にしても、ロシアにしても、隣国への思いや考えは日本人の中にもさまざまある。政治的な利害の対立もある。しかし国家間の友好関係は1人1人の願望からはじまり、民間交流でしか築けない。それには長い時間と労力と忍耐を要する。日本人はその時間と労力と忍耐を引き受ける成熟さをもっていると私は信じたい。

 私たち1人1人は、一生活人、一働き人、一家族人、一国民、一地球人として生きる。「環境が~だから、自分は~できない」と思うのではなく、「自分が~すれば、環境は~に変わっていくだろう」と構えることで、生活や職場、家庭、国、この地球はずいぶんとよい場所になるに違いない。

続きは会員限定です。無料の読者会員に登録すると続きをお読みいただけます。

Ads by Google

この記事が気に入ったらいいね!しよう
INSIGHT NOW!の最新記事をお届けします

村山 昇

キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。

フォロー フォローして村山 昇の新着記事を受け取る

一歩先を行く最新ビジネス記事を受け取る

ログイン

この機能をご利用いただくにはログインが必要です。

ご登録いただいたメールアドレス、パスワードを入力してログインしてください。

パスワードをお忘れの方

フェイスブックのアカウントでもログインできます。

INSIGHT NOW!のご利用規約プライバシーポリシーーが適用されます。
INSIGHT NOW!が無断でタイムラインに投稿することはありません。