歴史に学ぶ敗者の姿勢「観応の擾乱」

2010.09.21

ライフ・ソーシャル

歴史に学ぶ敗者の姿勢「観応の擾乱」

増沢 隆太
株式会社RMロンドンパートナーズ 東北大学特任教授/人事コンサルタント

戦いの勝者と敗者は普通、真逆。しかし敗者が勝者に必ずしも屈服しないという態度は、「次」につながることもあります。室町幕府成立過程で起こった観応の擾乱(かんのうのじょうらん)です。

将軍足利尊氏は、北条氏を滅亡させ幕府を開きます。しかし武士のトップに立った尊氏は、政務を弟・直義(ただよし。法名・恵源)に任せ、軍の束ねは足利家執事である高師直(こうのもろなお)に任せ、ほぼ実質的に隠居状態に入ります。

まだまだ政権としての安定のない室町幕府は、政務と軍務の指揮権をめぐって、内紛となります。御舎弟である直義は真面目な性格で、政務を法規通りに進め、さらに家柄や伝統を重んじ、譜代の家臣を重用します。
一方、婆娑羅大名として既存秩序の破壊によって、下級武士や出自の卑しい者でも成果を上げた者を取り立てることで、高い軍事力を備えていった高師直は、こうした形式主義が邪魔で仕方があありません。

ついに両者は武力衝突を迎え、一時は師直軍が直義を追い詰め、直義は兄である将軍・尊氏亭に逃げ込みます。この時師直には、尊氏との間に密約があり、直義を追い詰め、辞職させることで事態を収めることになっていたという説があります。ただ、婆娑羅大名の師直は、いっそ主君である尊氏も同時に葬ってしまえば、日の本一の人、つまり天下人になれる・・・・という妄想を抱いた説もあります。

結果、師直は主君との密約通り、直義を権力から追い払い、尊氏とともに幕府の主体となって権力を掌握します。しかし追い払われた直義は、こともあろうか宿敵であった南朝と和議をし、反幕府軍を旗揚げ、再び都を攻略します。今度は師直と尊氏が包囲されてしまいました。
大逆転を経て、再び権力に帰りついた直義。兄・尊氏の依頼により師直の一命は取らずに置きますが、かつて師直に一族を殺された直義派の上杉能憲によって結局師直は殺されてしまいます。

片腕とも頼る師直を殺され、軍事的にもはや直義に敵うことはなくなった尊氏。しかし依然として征夷大将軍の地位は勅任官であり、負けただけでは変わりません。まして実の兄である尊氏の存在感は、単なる勝敗だけでは計り知れない巨大なものでした。
再び都に戻った尊氏は、事後初めての幕議の席において「敗残将軍」ではなく、武士の束ね、武士の頂点の存在として堂々と現れます。
尊氏を貶めようと手ぐすねをひいていた直義派の武将たちも、その威厳と、鎌倉幕府を滅亡させた最大の軍事的指導者である尊氏のただよう迫力に思わずひれ伏してしまったと言われます。
さらに尊氏はその席で、重臣である高師直を殺害した上杉能憲に死罪を命じ、この擾乱で最後まで尊氏に従った武士優先で恩賞を与えます。

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増沢 隆太

株式会社RMロンドンパートナーズ 東北大学特任教授/人事コンサルタント

芸能人から政治家まで、話題の謝罪会見のたびにテレビや新聞で、謝罪の専門家と呼ばれコメントしていますが、実はコミュニケーション専門家であり、人と組織の課題に取組むコンサルタントで大学教授です。 謝罪に限らず、企業や団体組織のあらゆる危機管理や危機対応コミュニケーションについて語っていきます。 大学や企業でコミュニケーション、キャリアに関する講演や個人カウンセリングも行っています。

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