電子書籍元年に思う~技術進化が「おおきな作品」を生み出すか

2010.05.06

IT・WEB

電子書籍元年に思う~技術進化が「おおきな作品」を生み出すか

村山 昇
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

文芸にせよ、アートにせよ、音楽、映画せよ、「作品が小粒化している」とはよく聞かれるフレーズだ。私たちは技術の進化とは逆に、「おおきな作品」からどんどん遠ざかっているように思える……

今日、私たちはデジタルデータのダウンロードで、いとも簡単に多種多様な音楽を聴ける。
しかも高音質の音で、ポケットに持ち歩ける時代だ。
また、1曲ごとの購入ではなく、定額を払えば、
何でも聴きたい放題になるというサービス形態も検討中であると聞いた。
もはや、音楽は聴き尽くせないほど手の中に溢れている。

そして、間近に、書籍もそうなる。

しかし、そうなったときに、
私のあの「ABBEY ROAD」を手にしたときの喜びを再び得ることができるだろうか?
「ABBEY ROAD」を毎夜繰り返し聴いたときの
果てしない空想の旅を続けることができるだろうか?

 「豊かさは節度の中にだけある」―――とは、ゲーテの言葉である。

また、小林秀雄はこう言っている―――
 「現代人には、鎌倉時代の何処かのなま女房ほどにも、
 無常という事がわかっていない。
 常なるものを見失ったからである」。

                 (『無常という事』より)

* * * 

私はビンボーな社会がいいというつもりはない。
生涯のうちにもっと音楽や芸術に接したいし、もっと本を読みたい。
そして、直接自分で世界に「セルフ・パブリッシング」したいとも思う。
(電子書籍の時代には、すべての個人が出版社や取次・書店などの力を
借りずに出版でき、全世界に著作を売り出せる。
これがセルフ・パブリッシング)

また、これまで出版社に発掘されなかった才能が芽を吹いて
新しい書き手が新しい表現で私たちを楽しませてくれることをおおいに期待している。
(だがそれと同時に、創造意志のこもった作品とはほど遠い、
垂れ流し的なコンテンツがネット上に溢れだすことも受容しなければならない)

技術の発展は、
すべての人間に表現の手段や表現の発表機会、
表現を売ること、表現を批評し分かち合うことを解放するが、
そこから「おおきな作品」が生まれ出るかどうかはわからない。

「おおきな作品」とは、とどのつまり、
「おおきな創造者・おおきな人間」が生み出すものである。

この世の中が「おおきな創造者・おおきな人間」をつくる土壌でないかぎり、
「おおきな作品」は生み出されない。

私たちは多くのモノ、多くの手段、多くの知識、多くの寿命を手にできる世の中を
つくってきたが、その代償として、
おおきな創造者、おおきな人間、おおきな作品から遠ざかる結果を招いている。

それはたぶん、科学知識の獲得や人間をラクにさせる技術が
人間から霊感やら宗教心、哲学心を奪うからだろう。

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村山 昇

キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。

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