私の平成金融史

2019.04.12

経営・マネジメント

私の平成金融史

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平成の時代が間もなく幕を下ろします。 筆者はまさに平成の時代を駆け足で走りました。 今回は為替市場、金利市場を中心に、そんな私の平成金融史を駆け足で振り返ってみたいと思います。

平成金融史の始まり

平成元年の1989年は為替ディーラーとしてちょうど油の乗った時期。プラザ合意(※1)という為替の歴史では大きなイベントから4年が経ち、円高が定着しました。株式市場では、この年の大納会で、日経平均歴史上最高値38,957円を付け、バブル景気の絶頂期を迎えます。
そして、その翌年からはバブル崩壊の足音が徐々に聞こえることになるのです。

※1・プラザ合意:1985年9月22日、過度なドル高の是正のために米国の呼びかけで、米国ニューヨークのプラザホテルに先進国5カ国(日・米・英・独・仏=G5)の大蔵大臣(米国は財務長官)と中央銀行総裁が集まり、会議が開催された。為替相場(ドル/円)は1日で235円から約20円下落し、1年後には150円台で取引された。

こうしてみると、為替、金利、株式市場での大きな変動から私の平成金融史は始まり、そして失われた20年とも称された時代を生き抜き、そして21世紀を走る流れのようです。

あるスイス人ディーラーの言葉

為替市場では、平成時代は「円高と称される時代」と言われました。
今どきのサラリーマンの方々には250円を超える円安時代を経験している人は少ないのではないでしょうか。
下記のチャートは、1994年(平成6年)時から現在までのドル/円のチャートを示しています。
クラウドファンディング,ソーシャルレンディング,マネセツ

平成の時代をすべて網羅するチャートとしては若干足りないのですが、ある程度の流れが理解できる内容です。

1994年以前は、1990年(平成2年)には150円までプラザ合意時点の235円から円高が進み、そしてチャート上に描かれている110円時代に突入してきました。
当時はスイス系銀行のディーリングルームに在籍おり、スイス人ディーラーが夏休みに帰国する時期になると、チューリッヒからベテランディーラーが出張で来ることになっていました。
彼は為替の世界で大変有名なディーラーであり、互いに親交を深めることができました。

彼の言葉で特に印象に残っているのは、「1ドル=100円と考えるのが良い」ということです。
まだ200円時代が脳裏にこびりついている時代です。
その言葉を聞いて、これからはそうなのかもしれないと思い始めました。

平成初期の日本の為替状況

当時はまだ、ディーラーが100円以上の円高を想像できる時代ではなく、日本は自動車、家電の輸出などで米国との間で巨額貿易黒字を計上していました。
米国政府からは貿易黒字の是正策の一つとして為替レートの修正を強いられており、榊原財務官がミスター円として名を馳せた時代でもあります。

次のページバブル崩壊後の日本

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