おさらい「労働観の変遷」~苦役から社会貢献・ゲームとしての仕事へ

画像: Noboru Murayama | Career Portrait Consulting

2018.04.21

組織・人材

おさらい「労働観の変遷」~苦役から社会貢献・ゲームとしての仕事へ

村山 昇
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

人間は古来、営々と労働してきました。「労働」というものをどうとらえるか。これは人により、国により、時代によりさまざまです。労働は当初、生命維持のためにやらねばならない苦役という否定的な見方が主流でした。時代が進むにつれ、骨折りとしての労働は次第に多様なとらえ方をされはじめます。

◆古代ギリシャ~労働は奴隷が行う苦役

古代ギリシャのポリス(都市国家)では、食物を作る農耕作業はじめ労働は奴隷が行います。その労働は自然に支配され、身体を酷使し、人間の生理的な欲求を満たすだけの目的であることから軽蔑されました。

また、奴隷とともに、生活用具を作る職人やそれを売買する商人も否定的なまなざしで見られました。


◆古代・中世のキリスト教世界~神は労働を罰として課した

キリスト教において労働はまず、聖書の一節「お前は顔に汗を流してパンを得る。土に帰るときまで」(「創世記」第3章)がベースにあります。神に背いて木の実を食べてしまったアダム。そのとき以来、人間には罰として労働が課せられたのでした。

しかし、罰という否定的な烙印を押された労働も、一方では人間の怠惰を防ぐ営みとして肯定的にとらえられる部分もありました。それは使徒パウロの新約聖書の言葉「働きたくない者は、食べてはならない」に表れています。

そしてアウグスティヌス(354-430年)やベネディクト(480-550年ころ)の時代になると、労働は修道制度の中に組み込まれていきます。そして中世の時代、労働は祈りや冥想とともに重要な行いのひとつになったのでした。


◆近世のキリスト教世界~労働を通して神の偉大さを証明する

16世紀、ルターの宗教改革によって、教会や司祭は否定され、個々の信徒は神と直接向き合うようになりました。信徒たちは魂の救済の確証を仕事に求めます。

与えられた仕事にできるかぎり励むことを宗教的使命ととらえていく流れができてきます。これが「vocation」(召命:しょうめい)、「calling」(天職)という概念の起こりです。どちらも「(神の)呼ぶ声」という意味合いです。

さらには、禁欲と勤勉な労働によってもたらされる富の増大をも積極的に肯定する考え方がプロテスタント(特にカルヴァン派)の中から盛り上がりをみせます。ドイツの社会学者マックス・ヴェーバーが、資本主義の精神の萌芽がこのあたりにあると考察したことは有名です。かつては祈りのもとに労働があったものが、その重心は次第に入れ替わり、「働け・成功せよ、かつ祈れ」となっていく時代です。


◆近代[1]~職業倫理の世俗化が進む

フランス革命(1789年)をはじめとする市民革命により、人びとは政治的平等や経済的自由を手にします。そこでは職業倫理が宗教から切り離され、労働の意義づけが一気に世俗化していきます。

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村山 昇

キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。

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