「ガマン・プッシュ」と「ドリーム・プル」の力

画像: N.Muray

2014.05.12

組織・人材

「ガマン・プッシュ」と「ドリーム・プル」の力

村山 昇
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

仕事という名の坂を上るために、私たちは2つの力を必要とする。1つは、「ガマン・プッシュの力」で、これは自分で自分を押す力だ。義務感や責任感を源泉とする。もう1つは、「ドリーム・プルの力」。これは夢や志が自分を引っ張り上げてくれる力である。満たしたい意味や価値を源泉とする。



【補足2】
「目標による管理制度」はうまく機能しているか


目的は意味を含んだものである。目的は実現したい価値と置き換えてもいいだろう。人は、自分の行動に目的を持ち、意味や価値を体現する理想像を思い描くことができれば、すすんで目標を立て、成果を出したがる状態に変わるものだ。本文で述べた坂の例で言えば、それがたとえ厳しい傾斜であっても、登山家やロッククライマーのようにむしろそれを楽しんで上ろうとする。

したがって、個が真に自律的・主体的に働くために必要なものは目的である。目標が不要ということではない。目標は目的のもとに設定されこそ有効にはたらく。

昨今の職場では「目標による管理制度」が広がっている。しかし、ノルマ的な数値目標を課し、報酬制度と連動させることばかりに目がいっていて、目的の創造はおざなりになっているのがほとんどではないか。目標にだけ向かわせる働かせ方には、すでに限界がみえている。職場では「目標疲れ」さえ起きている。成果主義の悪い側面だけが噴出している。

個々の能力開発目標にしても、単に業務処理の要請からくるスキルを部品的に1つ1つ習得させていく機械論(人材はスキルを寄せ集めてできる機械であるととらえる)的なやり方が一般的である。ここでも目的は不在である。実現したい意味・価値のために、全人的に仕事に没入するとき、人は強く豊かに統合的な成長を遂げる。

目的の創出は意味・価値を問う作業になる。この意味や価値を考え、描くことが、個人においても組織においても、大きなチャレンジになる。

個人において働く目的を考えるとは、「5年後の自分はどうなっていたいか」などの質問に代表されるような矮小なものではない。研修でこのような問いを盛り込むことが多いようだが、無難に“置きにいく”答えしか出てこない。「職能3等級をクリアしてプロジェクトマネジャーについていたい」「〇〇の分野でトップ10の成果を出せる研究者になっていたい」などの回答が悪いわけではないが、いっこうに思いが意味や価値の次元にもぐっていないし、結局のところ、組織のなかの一サラリーパーソンとしてどう振る舞うかの枠におさまっている。

私はみずから行う研修のなかでは、個々が一職業人・一人間として何の価値に献身できるのか、何の意味に魂を生き生きとさせることができるのかを内省・対話させる。価値観は多様であり、プログラムの進行には難しさもあるが、こういう正解のない哲学的な問いに真正面から取り組んでいく場こそマインドを醸成する研修にふさわしいと思っている。

また、会社が組織としてどんな目的を掲げるかも大きな問題である。昨今の職場には、「数値目標は溢れるが、目的がない」。会社の目的として、社是・社訓、企業理念やコーポレート・バリューのようなものがある。ただ、社是社訓は古色蒼然とした単なるお題目になっているところもあるし、理念やバリューはあくまで行動規範を示すに留まり、働く者に生き生きとした志向性・未来像を想い描かせるものにはなってはいない。

経営者のなかには、「業界シェアNo.1をとる」「売上げ●●億円企業になる」といった旗を揚げるところもある。こうした数値的な到達点は本稿で繰り返し述べているように目標であって、目的ではない。なぜシェアや売上額をそこまで伸ばすのか、そのことが社会や働く個人にどんな意味や価値をもってつながっているのか、それを肉声で語らないかぎり目的にはならない。それが経営者の覇権欲・野心を満たすためであれば、従業員は部品化してしまう。部品化し目的を持たない従業員は、与えられた業務目標をこなし、それに見合った金銭的報酬をもらえばいいと考えるだけの殺伐とした意識になる。そうした会社では、ヒトの定着が悪く、取っ替え引っ替え労働力を集めてこなくてはならない。

組織が目的を考えるとは、会社や事業の「存在意義」を経営者、管理職、一般社員がともに考え創出することだ。「この世にあってもいい事業なのか、なくてもいい事業なのか」、「なくてはならない会社なのか、ないほうがいい会社なのか」───こういった観点の対話がいったいどれくらいの組織で行われているか。

私はそういった意味で、組織のなかに「CPO」(チーフ・パーパス・オフィサー)なる最高責任者がいてもよいのではと思っている。ここの「P」は「purpose(目的・意義)」のほか、「philosophy(哲学)」の頭文字でもある。CPOの役割は、その組織にとって、そこで働く社員にとって、「この事業を世に行う意味は何か」「会社の存在意義は何か」「実現したい理念は何か」「働きがいとは何か」「経営と働く個人が共有できるビジョンはどんなものか」などについての論議や対話を起こすことだ。つまり「坂の上の太陽は何か」を問い、つくり出していく先導者である。

理想的には、経営者、管理職、従業員の一人一人が「P」を考え、「会社組織のP」と「各人のP」を重ね合わせていく作業ができることである。しかし実際のところ、経営者は会社という組織を存続させるための利益追求に忙しい。中間管理職においては、一職業人としての働く目的を(「生計を立てるため」という以外)明快に語れる人は少数派であり、彼らもまた「ガマン・プッシュの力」で坂道を耐えているという状況にある。ましていわんや、一般社員の多くは日々の雑多な仕事をモグラたたき状態でこなしている。だれしも「P」をしっかりと肚で考える暇(いとま)も術(すべ)も持っていないのである。

組織にとっても、働く個人にとっても、目的はその在り方を決める。目的をあやふやにしたまま、あやふやな在り方で、この世に存続することはできるかもしれない。ただ、それをあなたは「美しい」と思うかどうかだ(「正しい」かどうかの問題ではない)。坂の上にどんな太陽を昇らせるのか───恒常的に考えたい大切なテーマである。

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村山 昇

キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。

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