「道」としての経営・「ゲーム」としての経営

2007.12.05

経営・マネジメント

「道」としての経営・「ゲーム」としての経営

村山 昇
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

「強い朝青龍」が帰ってきて、4カ月のドタバタは一気に沈静化。朝青龍は今後、相撲道を目指すのだろうか?それとも相撲ゲームを目指すのか?この一件から展開して、「経営」のあり方を考える

【時事閑察】================

約4カ月の謹慎(?)が明け、冬の巡業にあの朝青龍が戻ってきた。
両論併記のニュースメディアでは、街の
「結局、真剣に反省していないんじゃないの。横綱として問題あり」という声と、
「やっぱり強い横綱が戻ってきてうれしい。初場所が楽しみ」という声を拾っていた。

私個人の中でも、
やはり横綱たる者、相応の品格を備えてほしいという思いと、
多少破天荒で逸脱したキャラであっても
強くて魅力的な取組を観せてくれるならそれでよし、という思いが微妙に交錯します。
(いずれにしても私は、朝青龍関より相撲協会と現行の相撲システムを問題視します)

巷においても、また一個人の中においても
これら2つの相反する思いにかられるのはなぜでしょう?

それは、相撲という日本の伝統競技を
相撲道=「道」とみるか、
相撲スポーツ=「ゲーム」とみるか

の観点で思いが違ってくるからだと思います。
(*ここでの「ゲーム」とは、遊興としてのゲームよりももっと広い意味です)

「道」とは、
・真理会得のための全人的活動であり、
・そこには修養・鍛錬・覚知があります。
・最上の価値は「観を得る」ことにあります。
・道を行なうには、明快なルールはありません。
しきたりや慣わし・型・格・美を重んじ、
その過程における世俗超越性・深遠性が行者を引き込んでいきます。

他方、「ゲーム」とは、
・他者と勝敗を決するための能力的(知能・技能)活動であり、
・そこには競争・比較・優劣があります。
・最上の価値は「勝つ」ことにあります。
・ゲームには、ルールがきっちり設定されています。
そのルールの下で合理的、技巧的、戦略的なやり方を用い、
客観的に定量化された得点を他者よりも多く取ったほうが勝者です。
そのときの優越感、征服感がプレイヤーを満足させます。

道とゲームとは、微妙に似通っていながら、
よくよく考えると両極のものであるようにも思えます。

朝青龍をめぐる二分する思いも
「道としての相撲」観点からすると、横綱失格→残念・けしからんとなり、
「ゲームとしての相撲」からすると、強いプレイヤーのカムバック→ガンバレ!となるわけでしょう。

今後、朝青龍が相撲道を究めて、品格を備えた横綱に成熟していくのか
単に強い力士として相撲ゲームを面白くするプレイヤーに留まるのか
(それともK-1など他の格闘ゲームに戦場替えするのか)
そこは本人次第といったところでしょうか。

ところでその一方、
朝青龍不在の九州場所で、ひときわ人気を集めたのは角番大関・魁皇でした。
相撲ファンが魁皇を応援するのは、もう勝ち負けということより
カラダがボロボロになってもひたむきに相撲「道」を求めようとする
その姿だろうと思います。

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村山 昇

キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。

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