「調査・分析」に熱心な人の「当事者意識」を疑う。

2011.03.23

組織・人材

「調査・分析」に熱心な人の「当事者意識」を疑う。

川口 雅裕
組織人事研究者 /NPO法人「老いの工学研究所」理事長/一般社団法人「人と組織の活性化研究会」世話人

「森を見ることで、木が見えにくくなる」ことに気づかない社内評論家に気をつけよう。

 仮に今、東日本大震災の被災者に対して「生活支援に対する行政の対応について満足ですか?」といったアンケート調査をして、「満足」「やや満足」の人達が60%いたとすると、「概ね、対応はうまくいっている」と安心してよいでしょうか。多分、これを「良し」と評価する人はいません。何%が満足しているかなどという話にも、意味がありません。

 普通は、満足していない人達、「全く不満」とした人達に焦点を当てて、その不満やお困りを解消しよう、手を差し伸べよう、出来ることはないか聞いてみようと考えるはずです。救援・復旧にめどがつき、復興に向かって進み始めたときにこのような問いをして、結果を集計・分析し、傾向などを見ることは今後のために大切ですが、コトの最中において集計・分析などを行って傾向を云々するなどというのは、大切なことを見失っているズレた行動です。

 顧客への満足度調査、自社のブランドや知名度に関する調査、自社の組織風土や従業員満足度に関する調査など、何でもよいのですが「調査」というものをやりますと、ほぼ反射的にその結果を集計して、平均や偏差を出したり、グラフにしてみたりしたくなる人は少なくありません。というよりも、「全体の傾向や特徴を集計・分析・コメントし、これが詳細でよく当たっていますよ」というのをウリにしている調査商品が多く、その分析やコメントに期待する会社が多くあります。何かの参考になるかもしれないので、全く意味がないとは言いませんが、そういう「集計がなされたもの」「全体を対象とした分析結果」などは、得てして大切なことを見失わせる、問題を見えなくしてしまうというマイナスの効果があります。

 全体の傾向に関心を持つということは、不満や文句や意見や何か言いたいことがある顧客や従業員、その他の人々の個別の貴重な声を、少数だからという理由だけで埋もれさせていることです。“コトの最中”なのに、「満足している」人の割合に関心を持って、不満やお困りに手を差し伸べないのと同じで、ズレた行動と言わざるを得ません。

 不満や文句や意見や何か言いたいことの中に、自分たちが反省し、見直すべきポイントがあるかもしれない、あるいはそこにリスクやクレームや衰退の芽が潜んでいるかもしれない、とは考えず、雰囲気で「特段の問題はなし」と結論づけるのは、もっと言えば、その組織に対する当事者意識を持っている人の思考とは思えません。

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川口 雅裕

組織人事研究者 /NPO法人「老いの工学研究所」理事長/一般社団法人「人と組織の活性化研究会」世話人

組織人事関連(組織開発・人材育成・人事マネジメント・働き方改革・健康経営など)や、高齢者・高齢社会をテーマとした講演を行っています。

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