アサヒビールはパンドラの箱を開けたのか?

2009.03.23

営業・マーケティング

アサヒビールはパンドラの箱を開けたのか?

金森 努
有限会社金森マーケティング事務所 取締役

「うまい」。思わず唸った。発売されたばかりの発泡酒「アサヒ クールドラフト」を飲んで思わず漏れた一言。しかし、そのうまさ故に、不安を感じざるを得ないコトもあるのだ。

そうなると、悩ましいのが発泡酒カテゴリーである。第3のビールのシェアが上回ったとはいえ、このカテゴリーを捨てることはできない。しかし、このカテゴリーで生き残るためには、キリンの「麒麟淡麗〈生〉」ような強力なブランドが必要であることが見えている。
同ブランドが誕生して以来、11年。今年1月に<累計販売本数が200億本を突破>(※4)したといい、<発泡酒売上げ10年連続No.1>の王座で、縮小傾向にある発泡酒カテゴリーにおいても堅調な伸びを示している。
淡麗の人気の秘密はどこにあるのか。それは、淡麗の示すポジショニングが如実に表わしているといえるだろう。<爽快なキレのある味と、引き締まった喉ごしを併せ持つ発泡酒>である。(※5 )
アサヒがキリンに突きつけたビールの「キレ」という新たな価値。キリンはそれまで、ビールの「うまみ」というものを訴求していたといえるだろう。故に、「キレ」に注目が集まったからといって急にメッセージを転換することはできない。リーダーが従来、顧客に対して発信してきたメッセージと矛盾するような製品を提供する「論理の自縛化」というチャレンジャーの戦略にはまったわけだ。
しかし、発泡酒という新たなカテゴリーなら、「キレ」を訴求できる。それが奏功したのだ。

対するキリンはどうか。発泡酒のメインブランドは「アサヒ本生ドラフト」である。メインメッセージは<これぞ、コクキレ。飲みごたえの「生」。>。(※6
「コクキレ」である。アサヒのお家芸である「キレ」の前に「コク」がきている。実際に飲んでみても、キレよりも、むしろ重たいビールの「味わい」がが感じられる。
発泡酒においてコクを訴求するアサヒ。それは自社のフラッグシップであるスーパードライを守るためではないかと推察できる。低価格な発泡酒で同様にキレを充足させてしまったとしたら、スーパードライとのカニバリゼーション(共食い)が発生する。故に、キレの発泡酒は作れない。
ビール市場でリーダーとなったアサヒは、キリンからチャレンジャーの戦略の定石をしかけられたのだ。リーダーが強みとしている製品と共食い関係となるものを提供する戦略を「事業の共食い化」という。

今回、アサヒは本生ドラフトを温存したまま、クールドラフトを上市した。それにいかなる意味があるのか。広告のコピーは冒頭記した「一番うまい発泡酒を、決めようじゃないか。」である。発泡酒カテゴリーのリーダーである淡麗生に真っ向勝負というわけだ。消費者から「一番じゃない!」と言われたら、もうどうすることもできない背水の陣を敷いたのだ。
負けられない戦いにおいて、やはり決め手は味だ。そして、その味は「キレが、うまさだ。」とのコピーが端的に表わしている。そして、そのコピーに偽りはなく、確かに喉ごしのキレは抜群でうまい。
味だけではない。パッケージにも並々ならない力のいれようが感じられる。缶の2/3を占める輝くシルバーの地色。それはスーパードライを彷彿とさせ、パッケージを見ただけでもキレを期待させる効果抜群だ。そして、そこに描かれた英文の一節にはとの表記がある。ビールの味は酵母で決まる。スーパードライを世に送り出したアサヒが誇る「純粋培養酵母」を訴求している。アサヒの本気感がビリビリ伝わってくるようだ。

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金森 努

有限会社金森マーケティング事務所 取締役

コンサルタントと講師業の二足のわらじを履く立場を活かし、「現場で起きていること」を見抜き、それをわかりやすい「フレームワーク」で読み解いていきます。このサイトでは、顧客者視点のマーケティングを軸足に、世の中の様々な事象を切り取りるコラムを執筆していきます。

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