「聖夜」でなく「性夜」としてのクリスマス経済効果

2012.12.21

営業・マーケティング

「聖夜」でなく「性夜」としてのクリスマス経済効果

坂口 孝則
未来調達研究所株式会社 取締役

クリスマス商戦に経済効果はない。クリスマス商戦の驚きの歴史から、バブル期から昨今の経済波及範囲を明らかにする。

・クリスマスとクリスマス商戦の誕生と浸透

性夜、いや、聖夜が近づいている。クリスマス商戦も佳境に入った。子どもたちはサンタクロースに願いを込める。カップルはおたがいにプレゼンを買い、家庭ではデコレーションとケーキの準備に勤しんでいる。私にとって12月はクリスマスよりコミケが大イベントだけれど、多くのひとにとっては、仕事納めとクリスマスを重ねて年の終わりを感じる。

本記事ではクリスマス商戦の歴史をひもとき、クリスマスの経済効果を述べていきたい。

キリスト教の伝来後、日本において「クリスマス」が使われだしたのは明治時代だった。福沢諭吉ら進歩的文化人が、先進的な外来文化としてクリスマスパーティーを愉しんだ記録が残っている。このころサンタクロースは「三太九郎」と当て字で呼ばれ、それがサンタ「さん」の語源だとする説もあるほどだ。

日本におけるいわゆるクリスマス商戦の発祥は、この明治時代に銀座で百貨店各社が華やかな飾りをはじめたことによる。舶来文化の摂取と商売を結びつけた販促活動の嚆矢だった。海外製品をもつことがカッコいいとするブランド商法は、すでにこのころから日本の消費者に受け入れられていた。

ただし、バッグや貴金属の類だけではない。当時はクリスマスプレゼントとしてハミガキがあった。ハミガキで歯を磨く習慣も、当時からすると舶来文化だった。なんとサンタクロースは当時、良い子にハミガキをプレゼントとして渡していた。

そして大正時代、竹久夢二の小説『クリスマスの贈物』ではサンタクロースにおもちゃのプレゼントを期待する子どもたちが描かれている。私たちはクリスマスやサンタクロースの文化を、戦後からだと勘違いしがちだが、明治・大正時代にはすでに誕生していた。

その後に敗戦があったものの、戦後すぐにクリスマスは活況に戻った。おなじく銀座では100万人ちかいひとたちが盛り場に集まった。キャバレーやクラブ、ダンスホールでは学生や若手社会人であふれた。

映画『ALWAYS 三丁目の夕日』が舞台にした昭和も三十年代になると、家族のためのクリスマスが強調された。クリスマスになると、父親はクリスマスケーキを買って早めに帰宅し、だんらんを楽しむようになった。昭和三十二年には、サザエさんをはじめとする磯野家の面々がクリスマスケーキを食べるシーンが登場する。

このあたりで日本国民に「クリスマス」「クリスマスプレゼント」「クリスマス商戦」「サンタクロース」といった文化が浸透していったようだ。

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坂口 孝則

未来調達研究所株式会社 取締役

大阪大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務に従事。未来調達研究所株式会社取締役。コスト削減のコンサルタント。『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)など著書22作。

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