たかが5グラム、されど5グラム:吉野家の戦略を読み解く

2011.05.17

営業・マーケティング

たかが5グラム、されど5グラム:吉野家の戦略を読み解く

金森 努
有限会社金森マーケティング事務所 取締役

 チキンレースの如く、すき家・吉野家・松屋の大手3社が一歩も引かぬ「牛丼値下げ戦争」。しかし、その三すくみの均衡をついに吉野家が崩しにかかった。「肉増量」「質で勝負」宣言である。その狙いを考察してみよう。

 5月16日付日経MJに「吉野家肉増量 固定客拡大狙う “次世代牛丼”に位置付け」という記事が掲載された。
 記事を読み進めると牛丼並盛りの「肉は従来の85グラムから90グラムに増量する一方、コメは260グラムから250グラムへと減らす」という仕様変更であり、その背景としては「消費者の嗜好の変化などに対応するのが狙い」だとある。何が「次世代」なのかといえば、「具材の分量を見直すのは戦後で初めて」だとあり、かなり戦略的な仕様変更であることがわかる。

 「次世代牛丼」に対して吉野家ホールディングスの安部修二社長も「昨年は値段で客数を回復したが、今期は品質で勝負したい」(asahi.com・5月13日掲載)と抱負を語っている。
 しかし、ネット上の反響を見てみると、「増量といっても、たった5グラムか!誤差範囲ではないのか?」「今までの肉量が少なすぎだったのでは?」というように、決して好意的な反響だけでないこともわかる。「今までが少ない」という意見は、散見される「提供される商品が見本写真と違う」という意見が論拠のようだ。仄聞するところによると、盛りつけは「±10gが許容範囲」というオペレーションもあったようなので、「5グラムは誤差範囲」という指摘もあながち間違いではないかもしれない。そして、総じて「それが次世代か?!」という論調となっている。

 確かに消費者にとっては「たかが5グラム」かもしれない。しかし、吉野家としては「されど5グラム」なのではないだろうか。日経MJの記事には「昨年12月に品質向上への取り組みを開始。具材や調理工程など108項目を修正した」とある。

 「牛丼」という商品(Product)を提供するためには、価格(Price)、店舗(Place)、プロモーション(Promotion)という、いわゆるマーケティングの4Pに加えてさらに2つのPが欠かせない。業務プロセス(Process)と要員(Personnel)だ。
 今回、「次世代牛丼」を提供するために「108項目を修正した」とあるのは、まさに業務プロセスであり、それを要員に徹底することが「品質向上への取り組み」である。オペレーションのバラツキをなくし、カッチリ90グラムを徹底する。つまり、「次世代」は消費者に向けた発信だけでなく、各店舗、末端の要員全員に向けて徹底を図るための宣言ではないかと考えられる。

 そうして考えると、安部社長の「品質で勝負」にもある種の「覚悟」が感じられる。
 かつて吉野家は「牛丼No.1」であった。しかし、後発のすき家(ゼンショー)に店舗数でも売上でも水をあけられて久しい。牛丼戦争の一角である松屋の追い上げも厳しい。すき家は牛丼のトッピングバリエーションという得意技でファミリーを取り込み販売量を増し、規模の経済を効かせた「コストリーダーシップ戦略」と取っている。松屋は牛丼以上に豊富な定食のバリエーションを展開する「差別化戦略」で、数多くのリピーターを確保している。では、吉野家はどのようにして生き残りを図ろうとしているのか。それは、同社がこだわってきた「牛丼一筋」、つまり「集中戦略」である。
 狭い領域に限定して戦う集中戦略において、肝心要の牛丼の品質を徹底し、さらに磨き上げることは欠かせないのだ。日経MJの記事でも品質向上への取り組みは「“牛鍋丼”の投入などで客数が回復したのを受けて」であるとしている。競合対抗のための低価格の派生商品から、牛丼へ顧客を誘導するためにも品質向上は欠かせないのだ。そして、「肉量を増すために原価率は上昇するが、品質を高めることで中長期的に固定客を増やせると見ている」という狙いを実現しようとしているのである。

 次世代牛丼は、「1日から試験的に販売をはじめており、17日に東日本で始める値下げキャンペーンには全店で本格的に販売できるようにする」(日経MJ)という。その実力が試されるのは、まずは17日からの顧客の反応と、キャンペーン終了後の牛丼の注文比率だろう。まずは、商品の「5グラムの差」を体感してみつつ、店内のオペレーションにも目を配ってみるといいだろう。

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金森 努

有限会社金森マーケティング事務所 取締役

コンサルタントと講師業の二足のわらじを履く立場を活かし、「現場で起きていること」を見抜き、それをわかりやすい「フレームワーク」で読み解いていきます。このサイトでは、顧客者視点のマーケティングを軸足に、世の中の様々な事象を切り取りるコラムを執筆していきます。

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