『君たちはどう生きるか』に隠された危険な赤い罠:カント歪曲でカルト奴隷を釣る吉野源三郎

画像: photoAC: はむぱん さん

2018.01.08

ライフ・ソーシャル

『君たちはどう生きるか』に隠された危険な赤い罠:カント歪曲でカルト奴隷を釣る吉野源三郎

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/日本の文系アカデミズムは、ケーベル以来、ハイデルベルク派。にもかかわらず、吉野は、左に急旋回し、敵対的にあえてマルクス主義に近いマールブルク派を礼賛。世界に帰順してこそ、人類に参加できる、と言うが、カントの「コペルニクス的転回」は、けっして、自己中か、世界志向か、などというチンケな対比ではない。むしろ、安直で素朴で独善的な世界志向こそ、天動説そのもの。何が世界かは自分次第。/

 なにやらやたら売れているということで、昔の文庫を引っ張り出して読み直したが、とにかくわけがわからない。この吉野源三郎(1899~1981)という人物は、一高東大哲学科を1925年に出ている。当時、東大にはカントを専門とする桑木厳翼がいて、それに正しく学んだはずなのだが、どうしてこうなったのか。吉野は、28年にジークフリート・マークの『マールブルク学派に於ける認識主観論』の翻訳を出している。これが謎を解く鍵になりそうだ。


2つの新カント派

 哲学で「新カント派」と言うと、しばしばこのマールブルク派とバーデン派がひとまとめにされているが、マールブルク派は、ヘルマン・コーエン(1842~1918)やパウル・ナトルプ(1854~1924)、エルンスト・カッシーラー(1874~1945)。他方のハイデルベルク(バーデン)派は、ヴィルヘルム・ヴィンデルバント(1848~1915)とその弟子ハインリヒ・リッケルト(1863~36)。まったく方向性が違う。

 共通の問題認識としてあったのは、十九世紀、理系科学が劇的に実用実利を発展させていく一方で、文系諸学が壮大な観念体系を濫立させるのみであったこと。1860年、「カントに帰れ」の標語とともに、経験や認識を「科学」的に研究するのが哲学だ、とされた。ここにおいて、雑に言えば、マールブルク派は、個々人の主観が自主自律的に総体的意志に参画することで、人類として共通の科学や文化を発展させていく、とした。これに対し、ハイデルベルク派は、科学や文化の認識や展開に、すでに共有された価値判断が含まれており、文系はその個々を淡々と記述することで、翻って我々の内面の精神的な価値体系を描き出すことができる、とする。

 後者を実践したのが、マックス・ウェーバー。各国各地域の事実としての文化誌・社会誌を記録し、それを整理していくことで、人間にとって文化とは、社会とは何であったか(事実より前に我々の内にあったもの)、を考察した。この方法は、古代のプラトンやアリストテレスなども行っており、現在の文系研究においても、基本的で穏当な方針となっている。

 では、前者は何だったのか。ハイデルベルク派と同じくカント復権を標榜してはいるものの、じつのところ、マールブルク派は、ロシア革命を目前に沸騰するマルクス主義の影響を強く受けており、カントの威を借り、マルクス主義こそが哲学の「主流」であるかのように偽装したもので、本来のカントとは似ても似つかない。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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