若いうちに哲学を:老いて後悔しないために

2017.04.10

ライフ・ソーシャル

若いうちに哲学を:老いて後悔しないために

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/哲学は、動物園のようなもの。自分とは生き方が違うからおもしろい。しかし、それはまた旅行のようなもの。おもしろいからといって、いつまでもふらふらやっていては、自分の居場所の無い放浪者になってしまう。だから、それは、恋人探し、家探しのようなもの。早まるな、しかし、タイミングを逃すな。いろいろ知った上で、ほんとうの自分の道を見つけよう。/

/哲学は、動物園のようなもの。自分とは生き方が違うからおもしろい。しかし、それはまた旅行のようなもの。おもしろいからといって、いつまでもふらふらやっていては、自分の居場所の無い放浪者になってしまう。だから、それは、恋人探し、家探しのようなもの。早まるな、しかし、タイミングを逃すな。いろいろ知った上で、ほんとうの自分の道を見つけよう。/


哲学は、人々の考え方を学ぶ。したがって、たとえ自分とは違う考え方であっても、世の中にはそういう考え方もある、として、客観的かつ冷静に受け止められる知的度量が求められる。

もちろんその中には奇妙な考え方も少なくない。だが、ときには自分の考え方の偏狭さを思い知らされるものもある。また、一見、とても奇妙でも、よくよく考えると、いまの自分には、それを否定することができる証拠がない、ということに気付かされるかもしれない。いずれにせよ、すぐに相手を言い負かして黙らそうとしたりするのではなく、まず自分の方が黙って話を聞き、それをきちんと理解することが大切だ。対象を理解もせずに、まともに検証や否定などできない。

つまり、哲学は、人間の多様な思想というものを、ゾウやライオンのように観察する。それらは、たとえ奇妙な生態であっても、たとえ自分とは違っても、歴史上、世界の中に生息してきたものであり、また、いまもどこかに生き残っているものだ。もしかすると、きみがそれに捕らえられているのかもしれない。

牛が草ばかり食べ、ライオンが肉しか食べないとしても、それをまちがっていると言えるだろうか。考え方は、生き方につながる。自分の考え方、生き方とちがうのは、それが自分とはちがう別の存在だからであり、別の存在である以上、別の考え方、別の生き方をしているほうがむしろ当然。そして、別の考え方、別の生き方なのだから、よういには理解できないのも当たり前だろう。

ところが、きみは、牛やライオンと同じ世界に暮らしている。連中のことがわからない、わかるわけがない、と開き直っていると、きみは、自分の草を先に牛に食べられ、きみ自身がライオンの餌食になってしまう。わからないでは、済まないのだ。わからないならわからないなりに、どうわからないのか、わからないとならない。こんな時間にこんなところをウロウロしていると、ライオンが襲ってくるかもしれない、ていどには、ライオンのことを理解しておかないと、きみは生きていけない。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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