答えは他にもありうる

2015.04.24

ライフ・ソーシャル

答えは他にもありうる

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/わかった、わかっている、と思う君自身こそが、君の思考力、想像力、共感力のリミッターになってしまっている。すべての現実を芸術作品のように、わけのわからないものとして見直すならば、そこには新鮮な発見がある。/

 これ、なぁんだ? 見りゃわかるだろ、って、そりゃそのとおり。ウサギだろ。えっ、アヒルじゃないの? ウサギはアヒルじゃない、だからアヒルなんて言っているやつは、頭がおかしい。いや、そもそもアヒルだって。アヒルだったらウサギのわけがないじゃないか。政治でも、経営でも、しょっちゅう、この手の言い争い。でも、これはほんとうはウサギアヒルかも。


 ウサギはアヒルじゃない、というのは、観察に基づく事実問題ではない。君が君の頭の中でかってに言ったこと。君は、君の頭の中でそう思ったとたん、事実を観察するのを止めてしまう。ひとつのことがわかったら、それですべてだ、と君が決めつけ、それを絶対の基点にしてしまって、後はすべて頭の中だけで済まそうとする。


 1から100までの数字をすべて足せ。これなんか、もっとひどい。こんな問題を与えられても、どうせ君は読むだけで、なにもやりもしない。面倒くさい。でも、面倒くさいというのも、事実問題じゃない。君が頭の中でかってに言ったこと。逆に、あぁ、これ、ガウスの足し算じゃないか、と、すぐにわかって、101x50=5050と即答する人もいるかもしれない。しかし、こういう人も、わかってない人と似たようなものだ。100+(1+99)+(2+98)+……(49+51)+50=100x50+50という、ひとつずらした解法だって他にある。


 ようするに、人間、なにかわかると、わかった、解けた、って、そこで観察したり、考察したりするのを止めてしまう。面倒だ、とか、ムダだ、とか、できっこない、とか、わかるのも同じ。そうわかると、そこで止めてしまう。でも、わかる、なんて、そもそも事実問題じゃない。君の頭の中のできごとにすぎない。君がわかっても、わからなくても、事実の方はなにも変わってはいない。目の前に問題としてあり続けている。


 マニュアルや図解、警告音なら、読んですぐ、見てすぐ、聞いてすぐにわからないといけない。その先にやるべきことがあるから。一方、芸術は、いくら考えても、結局、むしろよくわからないものが多い。もっともらしく、わかったかのような解説をしている評論家連中がいるが、そういう連中は、そもそも芸術というものそのものがよくわかっていないのだろう。むしろ、芸術は、ありのままのわけのわからないものに向き合うことで、自分の小賢さを思い知り、自分がかってに作ってしまっている思考と感情の壁から自分を解き放ってくれる。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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