カネこそすべて

2014.12.09

ライフ・ソーシャル

カネこそすべて

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/江戸時代、商人、武士、寺社、「河原乞食」は、それぞれカネ、権力、尊敬、人気を分け合っており、どれを登っても、絶対的な勝ち組などにはなれない制度設計になっていた。現代は、身分制を廃した結果、カネに社会価値が一元化して、絶対的な勝ち組の世襲が実現。しかし、貧富格差は、疫病を引き起こし、疫病にはカネは無力だ。/

貧富格差の拡大が各国で問題になっている。かつては発展途上国と先進国の間の南北格差だったのが、国際化で、各国の中での貧富格差になってきた。経済学的には、両極が国際的に平準化するところまで、格差は拡大する。つまり、金持は、どこの国でもアラブの大富豪のようになり、貧乏人は世界各地でゴミの山をあさるところまで落ちる。

なんとかしなければ、なんて言ってみたって、勝ち組がわざわざ自分たちを負けの危険にさらすような制度改革なんかする動機がない。選挙をやってみたって、選挙に出てくる政治家は、与党も、野党も、なんらかの意味での勝ち組ばかりなんだから、結局、同じ。金持を豊かにすれば、貧乏人までおこぼれがまわる、なんていう濁流トリクル(あふれだし)政策のウソは、この百年来、発展途上国支援で、むしろ完全失敗が実証済み。結局、あちこちに面倒な軍事独裁政権を生み出しただけ。日本はサラリーマン社会で、職を失う懸念がモラルの歯止めになってきたが、非正規ばかりになれば、暴れても失うモノはなくなり、安い外国人労働力も流入して、急激に治安が悪化するんじゃないだろうか。そして、かつてのローマ帝国のように、勝ち組だけがまるまる別のところに移住してしまうんじゃないだろうか。

考えてみれば、江戸時代の身分制はよくできていた。どんな金持も、武士にかなわない。大阪淀屋なんか、贅沢が過ぎるとか言いがかりを付けられ、貸付を踏み倒され、全財産没収。その武士も、寺社には頭が上がらない。寺社も「河原乞食」の世話にならなければ、葬礼祭事を執り行うことができない。「河原乞食」は、どんなに人気があっても、投げ銭を拾う身の上。つまり、あの身分制において、カネ、権力、尊敬、人気の4つが、トランプのように絡まり合っていて、どれかに勝っても、どれかに負ける、循環的な制度設計になっていた。どれをどんなに登っても、絶対的な勝ち組など存在しなかった。

一方、現代。人権、人権、と言って、人間の平等と引き替えに、社会の価値をカネに一元化してしまった。権力も、尊敬も、人気も、カネを持っているかどうかで決まる。商売でも、芸能でも、一発当てれば、金持ちセレブの仲間入り。カネがあればなんでも買えて、カネで選挙でも裁判でも有利にねじ曲げ、カネでいいところに住み、いい生活をして、健康や治療も手に入れる。そして、そのカネの力で、商売でも、芸能でも、世襲をゴリ押し。一族の繁栄はとどまるところがない。まさに勝ち組。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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