学生は「お客さま」じゃない

2014.05.24

ライフ・ソーシャル

学生は「お客さま」じゃない

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/授業料を払った以上は、お客さまだ、好きにさせろ、というのは、団体旅行で行き先を変えろというようなもの。むしろ高額の違約金を請求されて当然。学校は、カネではなく、教職員や卒業生の活動や実績でできている。それに賛同寄与することなく、カネを払っただけで偉ぶるエセ学生など、先人の苦労にたかる害虫に等しい。/

 でめぇ何様のつもりだぁ! こっちは客だぞ、高っけぇ授業りょー払ったんだ、休もうとなにしようとオレさまの勝手じゃねぇか、単位寄こせ! 卒業させろ! 冗談だと思うかもしれないが、こういう学生、それどころか、そういう親まで、この世に実在する。まあ、たいていは、卒業だの、単位だの以前に、人間として救いがたい連中だが。

 カネを払った以上は客だ、サービスをしろ、というのは、経済原理として、一見、もっともらしく聞こえる。しかし、「サービス」というのは、わがままに従うということではあるまい。学校の「サービス」については、事前のオープンキャンパスなどで、そのパッケージを明らかにしており、カネはそのパッケージに対するものであって、それ以外は追加オプションになる。出席率が悪い場合は単位が出ない等々の学則も、事前に通知されている。カネを払ったんだから、オレさまの好きにさせろ、というのは、団体旅行に参加しておきながら、途中で勝手に行き先を変えさせようとするようなもの。こういう「お客さま」には、むしろもっと高額の違約金や反則金、キャンセル料を請求して当然。

 たしかに、学生からすれば、授業料は安くはあるまい。とはいえ、その程度の金額で学校全体を自分が買い取ったかのようなわがままを言うのはムリだ。

 しかし、それなら、学校はほんとうは誰のもの、誰がオーナーなのか。学校は、一般に学校法人であり、公益財団の一種。寄付行為によって創設されるが、株式会社のように出資額に応じて出資者が所有する、というわけではない。いったん創設されてしまうと、もはや出資者たちの手を離れ、純粋独立の法人格になる。この法人格は、そこそこの資産を持ちながらも、寄付行為に規定された教育研究理念を夢見るだけのデクノボーなので、実際は理事会によって運営執行される。理事会は、あくまで評議員会の議決承認を必要とする。つまり、会社で言えば、理事会が取締役会、評議員会が株主総会。となると、会社が株主たちのものであるように、学校は評議員たちのもの、ということになるだろう。

 学校の評議員というのは、最初の寄付行為の出資者やその継承者ではない。私立学校法第四十四条によれば、1教職員、2卒業生、3その他、ということになっている。これは、学校というものが、カネの出資のみによって確立されるものではなく、教職員たちの研究教育の活動、および、卒業生たちの社会の中での実績によって、日々に「現物出資」され続けていてこそ、その価値を保っている、ということを意味している。

Ads by Google

この記事が気に入ったらいいね!しよう
INSIGHT NOW!の最新記事をお届けします

純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

フォロー フォローして純丘曜彰 教授博士の新着記事を受け取る

一歩先を行く最新ビジネス記事を受け取る

ログイン

この機能をご利用いただくにはログインが必要です。

ご登録いただいたメールアドレス、パスワードを入力してログインしてください。

パスワードをお忘れの方

フェイスブックのアカウントでもログインできます。

INSIGHT NOW!のご利用規約プライバシーポリシーーが適用されます。
INSIGHT NOW!が無断でタイムラインに投稿することはありません。