ただでも売れない郊外住宅

2014.05.12

経営・マネジメント

ただでも売れない郊外住宅

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/すでに地方都市や郊外住宅地の不動産が流動性を失い始めている。いくら建物が立派でも、街や村が無くなれば、住宅としての意味をなさないからだ。にもかかわらず、相続放棄で切り捨てるのでもないかぎり、固定資産税その他は永遠に追いかけてくる。/

 住宅サイトのどこもが掲載物件数の多さを誇っている。しかし、これはかならずしも良い兆候ではない。本来、不動産物件は、売れれば消える。掲載物件数が増えるというのは、価格を下げていっても、まったく売れないものが大量に滞留増大し続けている、ということだ。

 物件が出れば、かなりの価格でもすぐにはける健全地区と、どんなに下げていっても、まったく買い手がいないままの不良地区との二極分化を起こし、流動性のない後者の不良地区が都市近郊、いや、都市内部まで迫ってきている。前者は、主要都市内の高層化地区か、有名高級住宅地区。地方の第二以下の都市や、主要都市でもシャッター商店街のような地区はダメ。まして、それ以外の郊外住宅地や農村部など、なかなかの豪邸が数百万で投げ売りになっているが、それでも買い手がいない。

 人口減だ。いくら家が百年もっても、十年後に街や村が無くなっているのでは、そんなところで人は暮らしていけない。 たとえば、離島や僻地など、家がタダでも、だれも住まない。自治体が生活補助を付けてもさえも、だれも越してこない。それと同じことが、かつて数千万円もした郊外住宅地で、いま起こりつつある。昨今の売れない家は、価格を下げさえすれば売れる、というものではなく、たとえ価格をゼロにしても買い手がゼロ。それは、その家のせいではない。その街、その村に住んでも、人が減って、店も閉まり、生活ができなくなっていくからだ。かつてのように、土地は有限、早い者勝ち、と思われた時代なら、クズ土地でもとりあえず妥協しただろうが、いまは、ちょっと待ってさえいれば、もっと利便性の良い街中の、高齢者の優良物件がどんどん空いてくる。

 需給の総量バランスではなく、特定地区以外は買い手ゼロで、値が付かない。この問題がまだ表面化しないのは、かつてのバブルのおかげ。郊外住宅地に住んでいる高齢者たちは、あのころの高値にいまだに執着しており、そんなに安くなってしまうのなら、下げてまで売ってやらない、などとノンキに構えている。だが、これは、売りに出さない、価格を下げないことで、実質的には買い支えているのと同じ。それで、ちょっと価格を下げさえすれば確実に売却できる、などという自分たちの幻想に酔っていられる。しかし、それはまさに幻想だ。買い手がひとりもいない以上、タダまで下げても、売れないものは売れない。

 住宅は、たとえ購入価格がタダでも、いったん手にしてしまうと、タダでは済まない。まさにババ抜きのババ。だれも住まなくなっても、いくら評価額が下がっても、他人に売却できないかぎり、固定資産税が追いかけてくる。借地料や管理費が累積することもある。おまけに、親族がばらけ、代襲が続き、相互に音信不通になると、相続人を探し出して名前と住所を揃え直すだけで大変な手間になり、持分比率では採算が取れないので、どこの弁護士も整理を請け負わず、裁判所競売すらできなくなる。所有者が揃わないのだから、どんなに朽ちても、壊して撤去することもできない。相続放棄で全部をまとめて切ってしまっておけばよいが、親の資産にこういう半端な不良代襲相続の権利が紛れ込んでいると、他の資産を相続をしてしまって何年もたってから、問題物件の累積負債の相続相当分が請求されてくることにもなりかねない。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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