映画学を学んでみたい若者たちへ

2013.07.01

IT・WEB

映画学を学んでみたい若者たちへ

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/昨今、そこら中の大学に「映画学」専門を自称する教員がいるが、ほとんどは語学崩れ。海外で学んできたと言う若手も、その多くは映画について学んだだけで、映画が作れるわけではない。芸術大学には、きちんとコースがあるが、これも、分野の壁が厚く、時代に追いついていない。ようするに、だれも君に教えられない。むしろ、新しい「映画学」は君が作るものだ。/

 将来性のある映画や映像の作り方について学んでみたい、という若者は少なくない。実際、これからの国際コミュニケーションの主軸は、メールよりも会話、そして映像に変わっていくだろう。では、それを教えてくれる大学があるか、というと、はてさて。


 とにかく昨今の大学には、どこもかしこも、自称「映画学」専門の教員が腐るほどいる。しかし、その実体は、もともと独語や仏語、露語、英国英語などの文学研究者だったのに、志望学生がゼロになってしまい、学科も潰され、一般教養に潜り込んで映画を見せてお茶を濁しているだけ、というような連中がほとんど。

 ドシロウトのくせに、映画が大好き、という私的な趣味だけで、大学水準の学問として学生に教える資格があるのか。多くの映画を知っているだけで映画がわかるなら、百回も家を引っ越した北斎や国周は、大工にだってなれただろう。そもそも、いくら立派な法学者であっても、かってに医学者にはなってはいけないのと同様、専門分野を変えるなら、相応の学位を一から取り直すのがアカデミズムのスジだと思うが、連中をクビにしても捨てる山が無いから、業界のナアナアで、このかってな自称を黙認しているのが実情。

 海外の大学できちんと専門的に映画学を勉強してきた、という若手も、話は簡単ではない。映画学は、映画についての学問で、作家論や表現論、歴史論、文化論、そして、製作論などを含んでいる。逆にいうと、映画学の専門家と言っても、その大半は、製作論に関しては、あまりに現場を知らない。だから、彼らにしたって、学生にカメラの回し方なんかでさえ、教えられるわけがない。

 ちゃんとカメラの撮り方、映像の編集の仕方を学びたいならば、一般大学の「映画学」などという言葉に惑わされず、きちんと芸術大学へ進むべきだ。大阪芸大、日大藝術学部、日本映画大学をはじめとして、多くの芸術大学で、映像関連のコースを整えている。しかしながら、これだって問題は多い。というのも、映像関連と言ったって、大手スタジオの商業長編映画出身の教員もいれば、社会派のドキュメンタリールポルタージュ専門の教員もいる。わけのわからない芸術的実験映像ばかりを弄くり廻している教員も。そのうえ、いまだに映画と、テレビやCMの間には、妙に厚い派閥の壁がある。どのみち、フラッシュアニメだの、ボカロだの、レタスだの、となったら、もはや古い教員連中には誰も手に負えない。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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