次の災害はあなたを襲う

2013.03.11

ライフ・ソーシャル

次の災害はあなたを襲う

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/東北に「同情」する以前に、我々はもともとみな同一。だれもがいつ災害にあっても不思議ではない。なのに、またぞろ、金だ、不動産だ、マンガだ、アニメだ、セレブだ、オサレだ、と、この必至の現実から目を背けている場合か?/

 東北の話で盛り上がっているところで悪いが、1995年の阪神淡路大震災は忘れたのか? 1989年から六年間にも渡る雲仙普賢岳噴火との苦闘はどうした? 直近の被災地への「同情」にかまけて、これから我々自身に襲いかかる恐ろしい災害から目を背け、遠ざけ、忘れたのでは、本末転倒。同情もなにも、支援されるべき被災地の「彼ら」と、それを支援する「安全圏」の我々が、別々にいるわけではない。我々はみな同一。だれもがともに災害と隣り合わせ。生きとし生けるすべての人は、いつ災害で死んでも不思議ではない。

 今あるものは次の瞬間にもあることを保証されていない。今夜、眠り、明朝、目覚める根拠などない。今日、確かなものこそ、明日、崩れ去る。実際、95年の1月16日の晩、もう明日は来ない、などと覚悟して床に就いた者がいただろうか。11年の3月11日の朝、通勤通学に出るとき、夕べには帰るべき家も家族も跡形無くなるなどと思った者がいただろうか。そして、それが今日のあなたではないなどと、なぜあなたは思えるのか。

 あの涙の止まらぬ災害のさなかに、天罰だ、などと言い切ったバカがいたが、それこそ天罰が下る。17世紀の哲学者デカルトは、すべての瞬間に神の再創造の恩寵が働いていると考えた。今日があり、明日があることへの神仏への感謝無しに、人の命は無い。いや、いかに神仏に感謝を捧げたところで、神仏の思慮は人智には計り知れず、すべての災害は、ダモクレスの剣のごとく、つねにすべての人々の頭上にある。どんなに高い塔を建てようと、天空をしのぐことはかなわず、地上の災害を免れることはできない。

 不景気はもう終わった、消費税が上がる前に、などと言って、金だ、不動産だ、と、目の色を変えている連中も、いつか思い知る。金庫も証書も、それどころか命さえも流し去り押し潰す災害を前に、金塊や土地にどんな意味があるのか。札束を積んで津波が防げるのか。株価が上がれば地震が止められるのか。免震建築だのなんだの言うが、一日中、そこに立て籠もっていられるわけでなし、地下鉄も乗れば、高速道路も走る。どこで何が起こるかわからない。そうでなくても、人は、小さな鉄看板が落ちてきて当たっただけでも命を失う。火山噴火のイオウで河川が汚染すれば、飲み水が無くなる。

 普賢岳から阪神の震災のころ、ちょうどテレビの報道の仕事を手伝わせてもらっていた。災害の悲惨さもさることながら、人生観が変わった、という多くの人々のインタヴューの方を、いまでもよく覚えている。いざというときに頼れるのは、家族や町内。そして、どこでなにがあっても、それを周囲の人々とともに乗り越えていかれる体と心の健康、コミュニケーション。だれか助けてくれ、と言ってみたところで、地方全体が被災していては、だれにもどうにもできない。支援だ、復興だ、などというのは、数年も経た後の話。災害直後の一週間を孤立無援、自助自給で生き延びることができてこその話。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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