人生、矛盾で当たり前

2012.12.11

ライフ・ソーシャル

人生、矛盾で当たり前

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/世間は、それぞれ、白黒はっきりしろ、とうるさい。だが、人間は多色の多面体だ。あっちこっちをやりくりし、辻褄合わせをして、全体を結びつけていることにこそ、その人が生きている意味がある。/

 世間によく嫁姑の争いは聞く。あなた! どっちの味方なの! 白黒つけなさいよ! と双方が喚き散らす。だが、間に立つ男が死んでしまったらどうなる? 嫁も、姑も、赤の他人。この男が生きていて、白も黒もつけないからこそ、嫁が嫁で、姑が姑でいられる。会社でも同じこと。中間管理職というのは、上層の意向と現場の状況とすりあわせるために存在している。上の話を伝えるだけなら、いなくても同じ。

 そうでなくても、人は、あれやこれやを同時に抱え込んでいる。親の子であり、子の親であり、妻や夫でもあり、家庭人で、社会人で、仕事三昧に、趣味道楽に、近所つきあいも。持病もちでも元気な毎日。時間や予算はもちろん気持ちや気配りも、あちらこちらにやりくりし、どうにかこうにか辻褄合わせ。

 さらには、一人の中にも、いろいろな自分がいる。過去の自分、未来の自分。表向きの自分、内向きの自分。世間は、あいつは、ああいうやつだから、と言うが、だからといって、ほんとうにそういうやつであるともかぎらない。過去のままでいられるわけもなく、かといって、未来を先取りできるわけでもない。外面だけ良くしようと思えば、心の内にきしみが生じる。しかし、傍若無人に好き勝手、というのも、自分らしくない。

 だれだって、いろいろな矛盾を抱えている。そして、どうにかそれらを「いいかげん」に折り合いをつけている。人間は、色とりどりの多面体なのだ。にもかかわらず、そのそれぞれの一面だけしか接していない連中が、自分の都合で、あなたを自分の側に向いた一面だけの存在に貶めようと、とにかくうるさい。のらりくらりしていないで、白黒をはっきりしろ、とうるさい。だが、絶対にはっきりなどしてはいけない。この曖昧さこそが、あなたの生きている意味なのだから。あなたがそのどれかひとつだけを選んでしまったら、全部がばらばらに崩壊してしまう。

 まわりの意見に振り回され、本人まで思い詰め、本気で白黒をつけようと無理を重ねて、しまいには自分から死を選んでしまう、なんていう人もいる。だが、それは間違いだ。身近の誰かが偏執的にうるさくて、自分が鬱ってヤバいと思ったら、もう余計なことはいっさい考えず、仕事も、家庭も、借金も、なにもかもすっぽかし、すぐに病院でも駆け込め。失踪したっていい。あなたがいなくなってほんとうに困る、あなたを鬱に追い込んで、全部の絵図をワヤにしたと世間から激しく叱責されるのは、追い込んだ側だ。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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