過去は消えない

2012.08.05

ライフ・ソーシャル

過去は消えない

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/過去は現在にある。その人が誰かは、その人が何をしてきたかで決まる。だから、過去こそが人間の本質だ。未来を売り渡し、喰い潰すのではなく、明日の喜びを今日の楽しみにし、自分に自由を切り開こう。/

 アウグスティヌスは言った、過去は現在にこそある、と。過去は、過去においては、そのときどきに過ぎ去っていく現在にすぎなかった。ところが、それは、この今の現在において、もはやけっして動かしがたい事実として結実し、実在し続けている。ウソをついて世間を一時はごまかせたとしても、いずれはかならず発覚する。そして、そのときは、ウソをついた、という過去も、絶対に消しがたい過去となって、あなたにへばりつく。

 たとえば、隣の部屋から、こちらの部屋へ移ったとして、隣の部屋はもう無くなった、などと誰が思うだろうか。昨日から今日になったところで同じこと。昨日は、今日の隣に厳然としてある。それがわからないのは、また明日、次の隣の部屋へ移ることばかり考えているから。しかし、そう考えたところで、今日も、昨日も、無くなりはしない。それどころか、ときには昨日こそが、あなたの明日を無いものにしてしまう。

 言ってみれば、長い登りエスカレーターを上っているようなもの。本人は前ばかり見ているから、後は無くなったかのように思う。だが、上にいて、あなたに出会う人は、あなたがどこから来て、なにをしてきたのか、あなたの背後にひったりと重なって見える。後が見えないのは、本人だけだ。

 人の価値は、その人が何をしてきたか、で、決まる。たとえいま、どんなに高い地位に就いていたとしても、かつて約束を破った、という事実は、いま、まったく信用できない人物として、その人の名目上の地位よりも優先して人の価値を規定する。そして、いったん傷ついた信用は、けっして取り戻すことができない。同様に、いかにいまカネがあっても、その人がしかるべき品格や教養を身につけてきたのでなければ、そのカネを使いこなすことはできない。つまり、人間は、その過去こそが本質なのだ。

 だから、就職でもなんても、履歴を問う。もちろん、多少の挫折をしたとしても、それを挽回するために努力したのであれば、そのことが履歴に出る。逆に、なんの苦労も無く、運の良さだけで今の地位を得た、というのであれば、その地位の意味も軽い。そして、いずれの場合も、その人の未来は、その人の過去こそが指し示している。

 人は、未来を先取りすることができる。たとえば、借金。これは人からカネを借りるのではない。未来の自分をカネで人に売り渡すのだ。だから、その期日には、過去の自分に売り渡された身の上に落ちることになる。逆に、地道な貯金をしていれば、その満期には、過去の自分から大きな贈り物を得ることになる。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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