大桃・麻木・山路の不倫騒動と報道業界人脈の解体

2010.12.30

経営・マネジメント

大桃・麻木・山路の不倫騒動と報道業界人脈の解体

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/1985年の『ニュース・ステーション』に始まったニュースショーは、キャスターという奇妙な、人脈依存のタレントたちを数多く創り出し、世論操作的に政権を転覆させたが、そのことが報道の現場を歪め、本物のジャーナリストたちの怒りを買っている。/

 師走にもなって大いに盛り上がったバカ話だが、その闇の奥は、じつはかなり深い。なんでこんなたそがれた連中の何年も前の話が、いまさら表沙汰になってテレビを賑わすか、と言えば、その背後で報道業界の大きな解体が起こっているからにほかならない。

 今回の一件も、もとはと言えば、大桃のツイッターなどではなく、武闘派で知られるジャーナリストの日垣隆が、10月9日のツィッターで、山路が愛人の麻木にたかっている、と言及したことだ。その後、山路が11月7日にミャンマー入国で拘束され、これを心配した大桃が12月20日にネット検索して、日垣の情報を知り、思わずそれをツイートしてしまった、という経緯。

 しかし、その最大の標的は、山路でも、麻木でもなく、もともと彼が揉めているTBSラジオの番組問題。日垣は、もともとTBSラジオで、野球中継オフ期の日曜夜の「サイエンス・サイトーク」というインタヴュー番組を1999年来、担当していた。ところが、9月22日、日垣は、スタッフの変更と減少を理由に、今年度の番組の初回録音に現れず、番組の制作費流用の疑いをツィッターで撒き、9月25日には損害賠償として1500万円を要求。TBS側は、三条毅史が、プロデューサーの体調不良によるスタッフ変更であって、制作費流用は無い、と反論。日高は、三条が麻木の熱烈なファンであることを承知で、先の言及となる。

 これまた、なんとかならんかねぇ、というような、業界でよくあるようなコジレ話。しかし、これが不倫話とリンクするのは偶然ではない。さらに根をたどれば、1985年にまで遡る。日本教育テレビ(NET)は、1957年に、日経、東映、旺文社などによって教育番組専門局として創設されたもののの、営業的には完全に失敗。その後、朝日新聞の傘下となり、77年に「テレビ朝日」となって、かろうじて全国ネットを確立するも、「万年4位」と言われ、視聴率的にも低迷していた。スポンサーと媒体の拡大を狙う電通は、1980年に米国でスタートしたCNNを参考に、「報道」をウリにする大変革を試みる。このために、ワイドショーから社内叩き上げの小田久栄門が、報道局の次長に滑り込み、報道関連のアークヒルズ移転を期に、1985年に『ニュース・ステーション』を立ち上げた。

 『ニュース・ステーション』の成功を追って、TBSは、89年、朝日新聞社から筑紫哲也を引き抜いて『NEWS23』を、一方、テレビ朝日は、同89年、毎日新聞社から鳥越俊太郎を引き抜いて『ザ・スクープ』を始める。この前後、テレビ朝日では、84年に『CNNデイウォッチ』、86年に田丸美寿々の『モーニングショー』、87年に『CNNヘッドライン』が始まり、女性ニュースキャスターたちが脚光を浴びるようになる。局アナから独立してテレビ朝日と専属契約を結ぶ小宮悦子は『ニュース・ステーション』発足当時からのサブキャスター、その後にフジで活躍する安藤優子も『ニュースステーション』のレポーター出身だ。大桃は、89年にTBSの『地球!朝一番』でキャスターに。『オールナイト・フジ』出身の麻木も、遅ればせながら、95年にテレビ朝日の『サタデー/サンデー・ジャングル』でキャスターに転進している。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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