壮年の不徳が晩年の不幸を招く

2010.09.20

仕事術

壮年の不徳が晩年の不幸を招く

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/老いて世に捨てられるは、かつて力を濫用し、年下たちの恨みを買った因果の応報。自分に力があるうちに、できるだけ多くの若い人々を育て、人間として慕われるようになっていてこそ、後に支えともなってもらえる。/

 惜しまれつつ逝く人もあれば、憎まれながら命をながらう人もある。生老病死、一切皆苦と言うが、老いて病み、世に捨てられて、なお生き続けるほどの苦はあるまい。しかし、それもまた因果応報、自業自得。その人が壮年のときになにをしてきたか、による。

 儒教も、老人を大切にしなさいと教えている、と言う。しかし、かような教えがあるということは、むしろ、現実はそう甘くはない、ということの表われでもある。それどころか、『論語』の原典に当たるなら、四〇、五〇にもなって、名も知られず、人に慕われぬようでは、もはやただのゴクツブシ、とまでに辛辣だ。

 人は、自分が力を持ち、相手が反撃できぬとなれば、無慈悲なまでに残酷となれる。生きながらナマクビを斬り落とすにも躊躇はない。だいいち自分のクビではないのだから、なんの痛みも感じるまい。そして、実際、自分の都合が悪くなると、力任せに多くの弱い人々の仕事を奪い、人生を潰し、社会から放り出してきた。だが、とくに日本の場合、力は、人ではなく組織に付随しているため、かならずしも晩年までは続かないのだ。

 たとえば、テレビの世界。辣腕プロデューサーと全学連仲間だった脚本家や評論家、タレントが番組を裏で支配する。このプロデューサーが出世し、チーフとなり、部長となり、局長となり、取締役となって社内にいるうちは、彼らも大御所として安泰。だが、やがて取締役も退任を強いられる。ここにおいて、彼らに足蹴にされてきた現場の若手プロデューサーは、もはや老脚本家や老評論家、老タレントを使う義理はない。ばっさり斬って、自分と同世代にすべて入れ替えるだろう。会社でも同様。先方の社長と自社の取締役が同世代で懇意である以上、だれも手をつけないが、自社の取締役が退任すれば、むしろ不明朗な融通取引として、ただちにその先方の会社との関係を丸ごと絶つ。

 退社したとたん、年賀状さえ寄こさない、なんと恩知らずなやつだ、などと人を罵る前に、自分が彼らになにをしてきたのか、よく振り返ってみるがよい。彼らは、あなたの肩書、職権にひれ伏し、愛想笑いを浮かべていただけで、あなたを人間として慕っていたわけではない。だから、肩書も職権も無くなれば、こうなるのは当然のこと。そして、今年は、いま肩書を持ち、職権を握る人物に年賀状を送っているだけのことだ。むしろ、これまで奴隷のように尽くしてきたのに、あなたに逆恨みされることの方が心外だろう。

Ads by Google

この記事が気に入ったらいいね!しよう
INSIGHT NOW!の最新記事をお届けします

純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

フォロー フォローして純丘曜彰 教授博士の新着記事を受け取る

一歩先を行く最新ビジネス記事を受け取る

ログイン

この機能をご利用いただくにはログインが必要です。

ご登録いただいたメールアドレス、パスワードを入力してログインしてください。

パスワードをお忘れの方

フェイスブックのアカウントでもログインできます。

INSIGHT NOW!のご利用規約プライバシーポリシーーが適用されます。
INSIGHT NOW!が無断でタイムラインに投稿することはありません。