顕示的な消費から逸楽的な幸せへ

2010.09.07

仕事術

顕示的な消費から逸楽的な幸せへ

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/ネット上は自慢話だらけ。だが、いまどき、どうやっても金持にはかなわない。それに、ヴェブレンの言うような成金的な見せびらかしをやっても、結局、身につかない。それより、自分自身がほんとうに幸せと思えることを楽しんだ方がよい。/

 ネット上は自慢話だらけ。どこそこへ行った、なにそれを買った、だれそれに会った、等々。つねに自分が最先端にいることを見せびらかし続けていないと、気がふれてしまうかのような焦燥感に溢れている。まあ、見栄とハッタリで生きている芸能人なら、それも仕事のうちだろう。だが、一般の人々まで、日々、まったく御苦労なことだ。

 思うに、戦後の焼け跡で、だれもがすべてを失い、かえっておかしくなった。誰々は家を建てた、ピアノを買った、車を買った、子供を塾に通わせている、この夏は軽井沢に行った、ハワイに行った、あれを持っている、これを持っている、結婚式はどこそこホテルに何百人集めた、ダンナは有名大学出らしい、こんど課長に出世したそうよ、云々。とにかく、他人と比較しての競争だ。人より早く、より立派なものを手に入れて自慢する。そうしないと、肩身が狭い。あそこのおたく、まだ社宅住いなんですって。あそこの子供たち、この夏、どこにも連れてってもらえなかったらしいわよ、かわいそうねぇ。

 余計なお世話だ。そもそも、バブルの頃までなら、人と競い合うこともできたが、いまどき、どうやっても金持にはかなわない。親の援助でもなければ、家を建てるなんて、夢のまた夢。まして別荘など、どれだけの悪事に手を染めればよいのやら。そもそもピアノがうらやましいか。ろくに弾けもしないのなら、家にあるだけじゃま。弾けるにしても、住宅事情を考えれば、ヘッドホンが使えるエレピの方が現実的だ。家も、郊外の大きな庭付き一戸建てはたしかに魅力的だが、日々の通勤や掃除、なにより家賃や維持費を考えると、面倒の方が先にたつ。

 ヨーロッパの人々は、夏に長い休みを取る。それ以外の季節にもしばしば。金持なら、国際的なリゾート地に長逗留して、カジノでも楽しむのだろうが、一般の人々は、たいしたことはない。そこらの川っぺりで、友人家族といっしょにキャンプをしていたりするだけ。日本でも、むしろ経営者や政治家、芸能人など、著名になればなるほど、オフの日には行方をくらまし、そこらの海で釣りをしていたり、家で絵を描いていたり。

 前世紀末の社会経済学者ウェブレンは、産業革命の成金たちの生活様式を「顕示的消費」を呼び、インディアンの羽根飾りのように役に立たないものと笑った。だから、米国の金持は、その後、あえて記者会見にTシャツで出てきたりする。ところが、日本の戦後高度経済成長期、なぜか金持でもない雇われ人たちが、この顕示的消費を矮小化して、生活の主軸とした。この結果、家の中は、要らないものだらけ。英語でも、エアロビでも、人のマネをして、あれこれ始めたものの、結局、身につかず、すべてが時間のムダ。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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