他人の心は見えはしない

2010.09.06

仕事術

他人の心は見えはしない

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/人の心は見えない。相手だと思っているものは、自分の心の分与にすぎない。それを前提に、相手の言葉やふるまいを解釈しても、齟齬は広がるばかり。むしろきっちりケンカして、他人が他人であることを理解してこそ、共通の前提が出来、それに根ざすことで、相手とのきずなも得られる。/

 駅ですれ違う人。会社で隣に座る人。ほんとうに人間なのか。まあ、肉と脂肪、骨でできているのは事実だろう。そして、それが動いて、表情が見え、声はするが、いったい何を考えているやら。そもそもなにかを思う心があるのかないのか。

 人の心そのものは見えない。だから、自分の心の中の一部を、相手の様子や発言によって調整し、その人ということにする。つまり、相手の心だと思っているものは、じつは自分の心の一部分にすぎない。子供は、人形やぬいぐるみにも自分の心を分け与えて、ひとりごとを言いながらよく遊ぶが、大人もやっていることは同じなのだ。

 長年、いっしょに暮らしてきているのだから、自分は妻のことならよく理解している、と思っている夫は多い。だが、彼が理解しているのは、彼の心の中にいる彼の「妻」にすぎない。退職したら、いっしょに旅行でもしよう、きっと妻も楽しみにしているだろう、などとかってに思い描いていても、実際の妻は、退職金が手に入ったら、全部、ふんだくって、絶対、離婚してやる、と、何年も前から周到に計画しているかもしれない。

 こういう齟齬は、あちこちで起こる。自分は相手のことをよく理解している、と思っている。しかし、それは、自分の心の中の「相手」なのだから、よくわかっているのは当然。だが、それは、実際の相手とは、なんの関係もない。そして、困ったことに、こういう齟齬は、容易には露呈しない。人は、相手の発言やふるまいを、自分の理解しているつもりの「相手」を前提に解釈するからだ。たとえば、相手が、イヤだ、もう止めて、とはっきり言っているのに、ストーカーやセクハラおやじなどは、あいつは、ほんとうはオレのことが好きなくせに、イヤなんて恥ずかしがりやがって、なんてかわいいやつなんだ、などと、自分に都合よく現実を歪曲し続ける。

 では、人間が真に互いに理解し合うことは不可能なのか。そんなことはない。たとえば、私の腕時計と、あなたの腕時計は、直接には繋がってはいないのに、きちんと同じ時刻を指している。どちらも同じ世界に根ざし、それを反映しているからだ。このような一致を、ドイツの哲学者ライプニッツは「予定調和」と呼んだ。たとえば、ダンナや子供たちが、今日あたり、カレーが食べたいな、と思い、また、奥さんも、今日あたり、カレーにしようかしら、と思う。そして、帰ってきて、ほら、やっぱり、ということに。

 相手がどういう人物か、など、どうでもいいのだ。重要なのは、同じ世界を共有して、そこに根ざすこと。常日頃、お互いによく思いやり、よくケンカして、よく話し合っていれば、そこで多くの共通の前提ができる。そして、それらの前提は、やがて一つの世界観になる。そして、その世界観をそれぞれが忠実に守ってさえいれば、家族や親友は、どんなに遠く離れていても、ずっと同じ世界を生き、つねにきちんと波長が合う。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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