子供を見れば親が見える

2010.08.29

仕事術

子供を見れば親が見える

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/日本より米国の方が家族を仕事の表舞台にもよく登場させる。というのも、子供を見れば、その人の人事指導能力が浮き彫りになるからだ。/

 ビジネスライクと思われている米国の方が、大統領のファーストレディのように、仕事の表舞台に家族をよく登場させる。上司ともなれば、ホームパーティを開き、部下たちを家族ぐるみで招くのは、むしろ当然のことだ。しかし、それは米国のこと。タバコや酒を止められないとか、太っているとかというだけで、自己管理能力が欠ける、それゆえ、重責にも不向きだ、と、かんたんにクビになるような国だ。家族や家庭のようす次第では、人事評価を大きく下げてしまう。そしてまた、逆に、家族次第で出世もする。

 しかし、実際、この方法は、存外、外れてはいないように思える。以前、あるところに、いかにも仕事ができそうな管理職の人がいて、上層でのウケも良く、重役候補と見なされていた。ところが、ウワサによれば、その子供は、引きこもりで家庭内暴力を繰り返し、夜中にものを投げつけたり、母親の悲鳴が聞こえたり、ガラスが割れたりで、近所でも評判。にもかかわらず、その人は、父親として、仕事を口実にほったらかし。とはいえ、その仕事というのも、部下たちの手柄を奪ったものばかり。そのうえ、部下たちの悪口をあちこちに言いふらし、自分がいかにがんばっているか、自慢して歩くだけ。口上手なので、上もすっかり騙されて、さらに出世したが、ついには、実の息子に金属バットで顔面を殴打され、流血騒ぎになって、とうとう入院してしまった。やっぱりね、ということで、部下のだれひとり、見舞いにも行かない。

 まあ、男の子、女の子、本人の性格もいろいろだろうが、おもちゃを足で踏みつけたり、床に投げつけたりしている子供の親にロクなものはいまい。まして、それが人の家となると、いよいよどうかと思う。公共図書館の絵本に、チョコレートのシミがついていたりすると、文字通り、親の顔が見てみたいもの。もちろん、なんにしても、しょせん子供のやることだから、他人がその子をしかってどうなるものでもあるまい。だが、だからといって、それで親まで責任がなくなるわけではない。

 一方、こんにちは、さようなら、ありがとう、ごめんなさい、いただきます、ごちそうさま、と、言える子。靴やスリッパをそろえられる子。本やおもちゃをきちんと整理して片付けられる子。こういうことは、一朝一夕に、言うだけで聞くようになることでもあるまい。日々、根気よく、機会ごとに子供の目線にまで降りて諭して、それを何遍も繰り返していてこそ、ようやく身につく生活習慣だ。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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