とりあえず浮かぶ船を

2010.08.07

仕事術

とりあえず浮かぶ船を

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/船長は船を守るためなら三等客室を見殺しにせざるをえない。文句を言ってもムダだ。なんでも浮かぶものを見つけ、家族や友人と協力して、セルフヘルプの準備をしよう。/

 中世末期、ヨーロッパの由緒ある小国のひとつが完全攻囲されていた。あとは城に火を放てば終わり、というところで、敵方の総大将は、その国の長い歴史に敬意を表し、御婦人方は、その身分に恥じることのないよう、自分の両手に持てるだけの財産を持ち、早々に城から御退去願いたい、と通告した。果たして城門が開くと、中の女性たちは、まったくの手ぶら。しかし、それぞれが肩に自分の夫を担ぎ上げ、子供たちの手を引き、正々堂々と出てきた。さすがの古国よ、あっぱれなるかな、と敵方の兵士たちが見守る中、そのまま胸を張って歩き続け、丘の向こうへと消えていった。

 一方、昨今のこの国。人は石垣、人は城、などと義理人情を誇っていた社長が、突然に米国流経営だとか言って会社を身売りし、自分だけはゴールデンパラシュートで会社の資産を持ち逃げ。従業員たちを荒れる不況の海に突き落としながら、本人一人、南の国で悠々自適の介護余生を送ったりする。もっと姑息なのになると、株主や取引先、従業員からの訴訟で火だるまになりながらも、個人財産はすべて娘婿に譲ってしまって、自分は債務能力無しとなり、表札の名の違う豪華二世帯住宅の二階のソファーに座りながら、いつかだれかに刺し殺されるのではないか、とおびえつつ、日々、大型テレビで自分の会社関連のニュースを気にしている。

 タイタニック号のように、船が沈没するとき、船長は、乗客たちよりも、自分を雇っているオーナーへの責任を考える。船を守るためなら、三等客室の隔壁を閉鎖して見殺しにすることも辞さないだろう。倫理性がどうこう言っても、全員が死ぬか、一部でも生き残るか、という究極の選択ともなれば、船長も、その責めに甘んじるほかはあるまい。

 さて、問題は、三等船室の側だ。一等船室の客たちは割増退職金とともに先に船から逃げ出せもするが、三等では、いくら文句を言っても、二等のための正規の救命ボートにすら乗せてはもらえまい。幸い、一等や二等の船室も、このごたごたで、空き部屋だらけになっている。衣装タンスでも、大型ベッドでも、不要品扱いのものの中からなにか海に浮かぶものを見つけ、自分たちで協力して命をつなぐ方法を考えるしかない。

 これをセルフヘルプ、自助と言う。思えば、建国早々の米国の荒野では、就職もなにも、まだ会社など、どこにもなかった。だれもが自分で自分を助け、身を立ててきた。戦後焼土の日本もそうだ。復員兵たちが三々五々集まって、なんとか自分たちで生きていく道を模索するしかなかった。いまの会社の多くも、その時代に創業者たちが苦労して興し、立派に育ててきたもの。むしろ、なんの戦乱も無く、就職すれば事が済んだこれまでの半世紀の方が、異例に幸運だっただけだ。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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