「明日から本気」はなぜ無理か

2010.08.06

仕事術

「明日から本気」はなぜ無理か

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/今日は割に合うチャンスがない。だから、明日から本気を出す、という若者が少なくない。だが、今日なにもしなければ、明日もなにも変らない。むしろスタートしてこそ、目的地へのルートも定まるものだ。/

 昔、深夜宅送のタクシーの運転手さんから聞いた良い話。シロウトはどの道を行くかに頭を悩まして、なかなかスタートしないが、プロは、とりあえず走り出し、あとは、ただひたすら目的地に向かうことしか考えない。たとえ道を間違えても、現在地さえわかっていれば、そこから最善の道を進むだけ。実際、昨今のカーナビでも、重要なのは、目的地の地図などではなく、現在地を示す機能とルートの再探索だ。

 本来、人の能力は、今後の活躍の可能性で判断すべきものだろう。昨日、いくら活躍したとしても、それで打ち止めかもしれない。だが、世間は、その人の過去の実績ばかりを気にする。そして、明日から本気を出す、と言っている人は、まさに今日の空白を問われ、チャレンジのチャンスさえも与えられない。

 本気になるのは当然。だが、本気だけではどうにもならない。生活は、まるでパズルのように複雑に絡み合ってしまっている。ちょっと変えようにも、それを変えるためには、全部を動かさなければならない。まるで二五目ゲームのようだ。どこか1マスを空け、あちこち少しずつずらしていくしかない。それどころか、ルービックキューブのように、いったん支離滅裂にしか見えない状態にしなければ、うまく整わないかもしれない。

 ある人は、最初からデザイナー志望だったが、無名の自分の作品など誰も相手にはしてくれない、ということに気づき、勉強がてら、自分自身で田舎スーパーのチラシのモデルから始め、人気雑誌の表紙を飾るところまで登り詰めて、最終的にはほんとうに一流ブランドのファッション・デザイナーになってしまった。低予算のポルノやホラーで経験を積み、ロードショー級の超大作を作るようになった映画監督も少なくない。

 技術はもちろん、人脈や知名度は、一朝一夕に身につくものではない。それどころか、ぐるぐると迂回してあちこちで自分に巻き付けてきた人の方が、多様で広範囲になる。安い仕事をしているやつ、と、人に後ろ指をさされようと、鴻鵠の志は燕雀にはわかるまい、と甘んじる覚悟が必要だ。

 その安い仕事すら得られない、ほんとうにまったくの空白なのだ、という人もいるかもしれない。だが、人が生きている以上、人生に空白など無い。貧乏、失業、離婚、鬱病、障害、そして、引きこもり。空白どころか負の経歴と言われるかもしれない。しかし、その現実にとことん向き合い、その体験を生かして、人の相談にも乗り、それがその後の天職になったという人は多い。この不運こそ、天から与えられたチャレンジのチャンスだ、と思うしぶとさがあれば、この茨の道を行くほかはない、と、覚悟も定まる。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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