オープンクェッションは卑怯だ

2010.08.02

仕事術

オープンクェッションは卑怯だ

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/なぜ、どうして、という質問は、現実には反語的で、部下を追い詰めるために用いられている。しかし、そう問う前に、上司こそ、その問いの答えをあらかじめ部下に示しておくべきだったはずだ。/

 イエスかノーかで答えるような質問を「クローズドクェッション」といい、「なぜ」「どうして」というような疑問詞を使って相手に説明を求める質問を「オープンクェッション」という。それで、コミュニケイションのセミナーで、さあ、管理職のみなさん、クローズドクェッションで詰問するのではなく、オープンクェッションを使って部下に自分で考える自由を与え、自主性を発揮してもらいましょう、などと言う。

しかし、これは対等のコミュニケイションの理論、ないし、コーチングのスキルとしての場合であって、会社の上司と部下の関係では成り立たない。上司に質問される部下の立場になれば、すぐにわかることだ。なぜ売り上げが落ちているのか、と聞かれて、他社が新製品を出したから、などと答えたところで、次の質問は、どうしてそれがわかっていて何の対策もとらなかったのか、に決まっている。そして、最後は、どうしておまえというやつは、だ。こんな詰問は、もはや答えようがない。

 結局のところ、なぜ、どうして、という質問は、現実には、ほとんどすべての場合、反語的に使われている。つまり、まともな理由なんかないだろ、という主張を質問に見せかけたものにすぎない。ごちゃごちゃした理由なんか、すべておまえの言いわけにすぎない、ようするに、おまえが怠惰だからだ、と言いたいだけだ。

 そもそも、現場の部下に、なぜ、どうして、が、簡単に説明できるくらいなら、会社に上司など要らない。そんな部下の説明を聞かなければわからないようなら、上司としての資格がない。今年、配属になったばかりで、前年比でどうこう、他地域に較べてどうこう、などということは、もとより知る由もないことくらい、上司ならわかっているはずだ。そして、何を答えても聞き入れる耳を持たないくせに部下に問うのは、タダの嫌みだ。

 もしも問題が起こりそうな状況があるなら、本来であれば、より多くの情報とより高い分析力を持つ上司の方が、なにもわかっていない部下の立場にたって、部下が現場に出向く前に、部下によく説明しておくべきことだろう。それをやらないのは、それをするだけの先見性が上司に欠けている、もしくは、もしも読みが外れたときに部下の信頼を失うのが恐い、さらには、状況を説明するとしても、社内の諸事情でそれに何の有効な対応策も取ることができないのが上司の自分としても不甲斐ない、という場合だろう。

 また、部下の報告に重大な疑義があるなら、もはや部下に問うのではなく、上司がただちに自分で現場に出向いて直接に確認するのが筋だ。さらなる上司に問われたときに、部下がそう言ってたんです、では、ガキの使いでしかない。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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