仕事の尊厳と報酬

2010.07.31

仕事術

仕事の尊厳と報酬

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/仕事の報酬は多いにこしたことはない。だが、それよりも、自分を高く買ってくれている、ということにこそ、やりがいが生まれる。だから、感謝の一言を忘れてはならない。/

 仕事は楽ではない。しかし、仕事は自己表現でもある。報酬は多い方がいいに決まっているが、ときに人は、報酬を度外視して、仕事に真摯に取り組む。そこにやりがいがあるなら、無給のボランティアであろうと、まったくかまわない。トム・ソウヤーに出てくるペンキ塗りのエピソードのように、やりたい仕事であれば、カネを払ってでもやりたがるくらいだ。たとえば、自費出版などが、そうだろう。

 だが、半端に常識より安い報酬は、ダメだ。それは、金額が安いからではない。人間として屈辱的だからだ。仕事は、すくなくともその人自身にとって、かけがえのない人生の貴重な時間を削ってやるものだ。それを人が安く見積もるのなら、人間としての存在そのものを否定されるようなもの。やる気が出ないだけでなく、そんな風に自分を扱う相手が許せない。いつか辞めてやる、いつか仕返ししてやる、と恨まれ、結局、高くつく。

 また、こんな仕事には、これでは多すぎるくらいだ、感謝しろよ、などと、いらぬことを言うやつもいる。だが、こんなことを言ってしまっては、絶対に感謝されない。たとえほんとうに報酬が破格に多いとしても、仕事の内容そのものが評価されていないなら、人格に対する侮蔑であり、これも、かえって深く恨みに思うだけ。それにしても、高いカネを払った上に、恨みを買うなんて、まったくバカなことだ。

 これほどの仕事をしてくれているのだから、あんたにはもっと払うのが当然なんだが、なにぶん都合がつかなくてなぁ、ほんとうに悪いなぁ。報酬が相場より多くても、少なくても、働く側は、現金そのものより、この一言こそを待っている。いや、いいんですよ。でも、余裕ができたら、もっといっぱいお願いしますね。きっと、笑って、冗談交じりに、そう答えるだろう。使う側と働く側は、敵ではない。苦労をともにすること自体は、なんの苦労でもない。そして、自分のことを高く買ってくれている、ということこそ、仕事の最高の報酬だ。

 とはいえ、これは人あしらいのテクニックなどではない。口先でだけ調子のいいことを言いながら、心の中で、おれに感謝しやがれ、このやろう、と思っているようでは、すぐに態度に出る。だいたい、そんな風に傲慢な人が、人に愛されるわけがない。たとえどんなに高い報酬をばらまいていても、会社を辞めたとたん、年賀状はもちろん、電話の一本もかかってこなくなる。いや、その前に、だれかが足払いをくらわせるだろう。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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