クールジャパンのウソ!:売物ジャポニズムvs見えざる日本の美

画像: photo AC: JAKUTAKU さん

2019.07.09

ライフ・ソーシャル

クールジャパンのウソ!:売物ジャポニズムvs見えざる日本の美

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/マンガやアニメは、戦後の反古典主義的(反戦前的)サブカルチャー。そのファンが世代的に社会から退場しつつあるために、市場は高齢化し、規模も縮小してきている。海外においても、ファンは「負け組」であり、例外的少数は富豪コレクターになるかもしれないが、大勢としては、趣味変革を起こすほどの力を持ちえない。/

ところで、茶道もまた、能楽と同様、明治維新とともに、大名というパトロンを失い、行き場を迷っていた。危機に瀕した裏千家13代、円能斎鉄中(1872~1924)は、1890年、若くして拠点を東京に移す。というのも、茶道は、もともと室町戦国以来、武家の嗜みであるだけでなく、商家の嗜みでもあった。そこで、彼は財界人たちに支援を求めるとともに、口承秘伝の作法を教則本『浜の真砂』(1903)として公刊して、一般庶民にも門戸を開放、さらには女子学校の作法教養として茶道を組み込ませ、茶会を華やかな着物姿の女性が居並ぶ席に変えた。


天心と漱石の芸術論

フェノッローザの弟子で横浜の士族商家の息子、岡倉天心(1863~1913)は、1906年に『茶の本』を英語で出版。といっても、これは、鉄中の『浜の真砂』のような茶道の教則本ではない。彼の英文文明論三部作として『東洋の理想』『日本の覚醒』と並ぶものであり、茶道を日本の「審美主義の宗教」とし、日本人の「人情(humanity)」を解き明かす。

これに先立って、1900年には、やはり士族商家の出の新渡戸稲造が、同じく英語で『武士道』を著し、日本人の精神性を儒教的倫理観として説いている。天心は、表立って新渡戸の『武士道』に言及したりしないが、この『茶の本』は、その批判として書かれていることは明らかだろう。というのも、日本人の精神性のルーツを、新渡戸が儒教に求めるのに対し、天心は、道教や禅道から引きだそうとしているからである。

むしろ、日本が日露戦争に勝利した後の浮き足だった状況において、同じ1906年に出された漱石の『草枕』と天心の『茶の本』の間にこそ、強い共通性がある。どちらも、人情と芸術との関係を取り上げ、その微妙な距離の取り方に着目しているからである。この前提として、漱石も天心も、漂泊者であったことを思い出さなければならない。

漱石は、東京生まれながら、幼少より養子にやられたり、戻されたりし、愛媛、熊本、ロンドン、東大、朝日新聞と、居を変え、職を変え、同じ町でも幾度となく引っ越し、その間にもあちこち旅行している。彼は、小説を、野に寝食する『草枕』と名づけ、その主人公に、冒頭でこう語らせる、「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通おせば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる」と。

一方、天心もまた、文部官僚として成功の途にありながら、女性問題で東京美術学校学長の位を追われ、在野の日本美術院の運営にも失敗して失踪、茨城五浦に別荘を建ててみたものの、インドに旅し、結局は、ボストン美術館に職を求めて渡米。娘への手紙には、「父も理想に棲み、その理想も幾度か破れて、いまは世にもあられぬ身」などと書き送っている。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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