クールジャパンのウソ!:売物ジャポニズムvs見えざる日本の美

画像: photo AC: JAKUTAKU さん

2019.07.09

ライフ・ソーシャル

クールジャパンのウソ!:売物ジャポニズムvs見えざる日本の美

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/マンガやアニメは、戦後の反古典主義的(反戦前的)サブカルチャー。そのファンが世代的に社会から退場しつつあるために、市場は高齢化し、規模も縮小してきている。海外においても、ファンは「負け組」であり、例外的少数は富豪コレクターになるかもしれないが、大勢としては、趣味変革を起こすほどの力を持ちえない。/

とにかく、歌舞伎の〈カブキ〉性、すなわち、「外連味」、もとの筋からして支離滅裂のデタラメな上に、奇天烈度派手な衣装や仕掛とともに、役者がその場のアドリブで何をするかわからないキッチュな際どい魅力は、いずれの明治文化人も、前近代的なものとして強く嫌い、それらを排除していく必要があると考えていた。

一方、浮世絵においては、幕末から明治にかけて、同じ歌川国芳(1798~1861)門下から、河鍋暁斎(1831~1889)と月岡芳年(1839~1892)が登場。暁斎は、その後、狩野派に再入門し、土佐派、琳派、四条派などの、いわゆる日本画を学ぶ一方、浮世絵らしい戯画や風刺画も描き続け、また、ウィーン万博に大幟(おおのぼり)『神功皇后武内宿禰図』を出品し、フェノッローザにも、その技量を深く認められた。また、芳年は、あくまで浮世絵の伝統を継ぎながら、近代的な内面性を備えた武者絵や美人絵を工夫し、幽霊絵や無惨絵でも、世俗ウケする猟奇的でセンセーショナルな図柄を発表、「血まみれ芳年」との異名を取った。また、彼は、新聞や雑誌でも活躍。近代の、そして、最後の浮世絵師と呼ばれた。

しかし、明治も後半になって、洋画の陰影法を使える石版や写真(コロタイプ)が登場すると、写実的なスタイルが主流となり、外連味のあるデフォルメされた構図を特徴とする浮世絵は廃れてしまう。大正に入って、むしろ洋画畑から吉田博(1876~1950)や川瀬巴水(1883~1957)が「新版画」と称して浮世絵木版の復興を図るが、景物絵、それも洋画風味の写実的なスタイルであって、内面を写し取るような浮世絵とはまったく異なる。

なぜこれほどまでに、近代日本は、歌舞伎や浮世絵の外連味を嫌ったのだろうか。政府の事情としては、手こずっていた不平等条約改正のために、また、日清・日露戦争を経て列強の仲間入りをするために、そして、天皇を頂点とする国家的文化統制のために、古くさいだけでなく、復古反体制的な匂いが立ちこめている江戸、それも庶民の自発的なサブカルチャーは、早急に消し去る必要があった。くわえて、庶民にとっては、すでに見慣れた歌舞伎や浮世絵などよりも、鹿鳴館風の出来損ない洋装趣味の方が、はるかに外連味があったのではないか。そして、いかに歌舞伎や浮世絵が海外で〈ジャポニズム〉として高く評価されたとしても、このように日本人が嫌ったものが、日本の美でありえようか。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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