クールジャパンのウソ!:売物ジャポニズムvs見えざる日本の美

画像: photo AC: JAKUTAKU さん

2018.09.04

ライフ・ソーシャル

クールジャパンのウソ!:売物ジャポニズムvs見えざる日本の美

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/マンガやアニメは、戦後の反古典主義的(反戦前的)サブカルチャー。そのファンが世代的に社会から退場しつつあるために、市場は高齢化し、規模も縮小してきている。海外においても、ファンは「負け組」であり、例外的少数は富豪コレクターになるかもしれないが、大勢としては、趣味変革を起こすほどの力を持ちえない。/

/マンガやアニメは、戦後の反古典主義的(反戦前的)サブカルチャー。そのファンが世代的に社会から退場しつつあるために、市場は高齢化し、規模も縮小してきている。海外においても、ファンは「負け組」であり、例外的少数は富豪コレクターになるかもしれないが、大勢としては、趣味変革を起こすほどの力を持ちえない。/


ジャポニズムとキッチュ

近年、観光振興と絡んで日本文化に注目が集まっている。外国人向けの本を開けば、サムライ・ゲイシャ・カブキ・スモウ、マンガ・アニメ・ゲーム・コスプレ・アイドル、キョウト・ギンザ、ハラジュク・アサクサ、キモノ・ワショク・オジギ・カメラ・オリガミ、こんな項目だらけ。

明治時代初期にも、似たような状況があった。喫緊の課題であった近代化は、機械や技術の莫大な輸入を必要とし、くわえて江戸末期の不平等条約(とくに関税問題)によって財政も貿易も破綻寸前に追い込まれた。当時の日本で外貨を稼げる輸出品は、絹布くらいしかなく、それも、急増に応じるための粗製濫造で、かえって安く買い叩かれ、収支を改善することはできなかった。

一方、すでに1862年ロンドン万博で駐日公使オールコックが日本の漆器や刀剣、浮世絵、さらには日本の生活道具などの私的コレクションを展示、67年パリ万博に幕府他が参加。73年ウィーン万博、78年パリ万博への明治政府の本格出展によって、ヨーロッパに〈ジャポニズム〉ブームが起きる。

だが、62年のロンドン万博を視察した文久遣欧使節からして、オールコックの展示品ほかを見て、「雑具」「粗物」と呆れ、あれならば、もっと良いものがある、と嘆じている。では、彼らが日本の「名品」と考えていたものは何か。それは、狩野派の日本画に代表される下賜品であった。

だが、それらは、当時、まったく価値を失ってしまっていた。全国統一を完成してしまった鎌倉幕府以降、所領奪い合いの戦国時代を除いて、幕府や当主は、功労の褒賞に、もはや所領を加増する余地が無かった。このため、褒賞は美術品で行われた。転封(国替え)も頻繁に行われたため、動産の美術品は、武家にとって好都合でもあった。豪農にしても、都市の頻繁な経済変動を避けるべく、美術品で蓄財。これらは、金貨以上に価値が安定した現物貨幣として、広く全国に流通していた。

それが、明治になって、没落した武家、とくに敗軍幕府方の士族が生活のために換金しようと、いっせいに売り出した。廃仏毀釈で檀家を失って困窮した寺、地租改正の金納のために蓄財を取り崩さざるを得なくなった豪農たちからも、多種多様の美術品が放出されてきた。しかし、世はおりからの洋風ブーム。新興階層は、そんな古くさいに見向きもしなかったのだ。

Ads by Google

この記事が気に入ったらいいね!しよう
INSIGHT NOW!の最新記事をお届けします

純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

フォロー フォローして純丘曜彰 教授博士の新着記事を受け取る

一歩先を行く最新ビジネス記事を受け取る

ログイン

この機能をご利用いただくにはログインが必要です。

ご登録いただいたメールアドレス、パスワードを入力してログインしてください。

パスワードをお忘れの方

フェイスブックのアカウントでもログインできます。

INSIGHT NOW!のご利用規約プライバシーポリシーーが適用されます。
INSIGHT NOW!が無断でタイムラインに投稿することはありません。