『脳はなぜ「心」を作ったのか』前野隆司(筑摩書房) ブックレビューvol.7

2016.03.22

ライフ・ソーシャル

『脳はなぜ「心」を作ったのか』前野隆司(筑摩書房) ブックレビューvol.7

竹林 篤実
コミュニケーション研究所 代表

瞑想がブームである。かのスティーブ・ジョブズも、日常的に瞑想をしていたという。瞑想を行うと心が落ち着き、心に余裕ができるそうだが、本当だろうか。そもそも、脳の中の仕組みは未だによくわかっていない。脳とは、心とは、そして意識とは一体なんだろう。

瞑想で無念無想になれるか

筆者も瞑想に励んでいる。一年ぐらい前から、いわゆる野狐禅である。朝、目が覚めたら、布団から出て二つ折りにした座布団の上に座る。足は半結跏趺坐、座布団を敷くことで骨盤が前傾する。手は印らしきものを組んで、呼吸に意識を集中する。できるだけ長く吐くよう心がけ、吸うときには腹をへこませる。

時間にして15分から、長いときで30分ほど。それで無念無想の境地に到る、ことはない。残念ながら、まずない。先ほどまで見ていた夢のこと、仕事上の心配事、将来に対する漠然とした不安(なんせアラカンである)、今日の予定、昨日誰かにいわれた気になるひと言などなど。

もう、これでもか、といわんばかりに次から次へと妄想が浮かび上がる。おかしいではないか。自分の意識では「何も考えるな」と脳に命じているのにもかかわらず、脳は自分のいうことを聞かない。体はじっとしているが、脳の中では化学物質が活発に流れていて、あちこちで火花が散っているのだ。脳内の勝手な活動は、一体誰が取り仕切っているのか。

意識と無意識

「人間は、私たちが「意識」する以上にいろんなことを「無意識」にやっている」(同書、P22)」と著者は説明する。例えば、立食パーティーでワイングラス片手に誰かと談笑する。そのとき無意識は、ワイングラスを持つ手に適度に力を入れさせ、じっと立っているだけの力を足の筋肉に加え、相手を見るよう視線をコントロールし、ざわめきの中から相手の話を聞き取る。すべて無意識のなせる技である。

考えてみれば、人は無意識のうちに、実に多くの動作を行っている。例えば、このテキストを読んでいるあなたは、今この瞬間に無意識に体のどこかを動かしたはずだ。鼻の頭に手をやったかもしれない、まばたきをしたかもしれない、あるいは両手の指を組み合わせてみたかもしれない。

では、無意識とは何か。

本書が画期的なのは、無意識のような脳内の働きを「脳の中にいるたくさんの小びとのなせる技」と仮定する視点である。ニューラルネットワークの比喩として用いられる「小びと」は、実に示唆に富む。

「たとえば、赤いリンゴを見た時、色を識別する小びとがいる(ニューラルネットワークのモジュールがある)。また、丸い形の物体だということを識別する小びともいる。これらの結果を受けて「赤くて丸いこの物体はリンゴだ」、という答えを出す小びとがいる」(同書、P37)

統合しているのは誰(何)か

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