「大和魂」
とは、神風特攻隊のような日本男児の勇ましさを意味するのではない。本来は、外来の学問・知識を日本に採り入れる際に必要な判断力・能力を表した言葉である。菅原道真は、これを「和魂漢才」 と表現。中国などから流入してくる知識や学問をそのまま日本へ移植するのではなく、うまく融合させて、応用的に政治や生活の場面で活用することを大事とした。
文字通り「大きな和」の精神。そもそもが、日本文化には、「コラボレーション=融合=和」を得意とする精神的土壌があったのだ。
日本人がコラボが上手いのには、理由がある。それは、他国や違う分野から入ってくるモノやコトを、左脳的な論理で把握するのではなく、感情的な情緒や人情によって把握し、共感することに長けていたからである。
戦後、世界の状況の変化や諸外国からの圧力に対して、日本は工業国として、実にうまく適応し、立ち回った。しかし、バブルがはじける前の1980年前半、「ジャパン・アズ・ナバーワン」と世界各国に賞賛されたころから、雲行きが怪しくなった。日本の経済の長期低迷は、日本が真似られる偉い側に立場を変えたところから始まっている。
高度成長を支えた















